第10章 尖閣南東海域・第一撃
中国海警2901型と海保あきつしま(PLH32)のそれぞれ2隻の後方には、鉛色の波間を切り裂くように、二つの影が対峙していた。
一方は日本の最新鋭護衛艦「きりしま」型、もう一方はそれとやや距離を置いて正面に据える中国海軍052D型駆逐艦。
両艦の主砲の砲塔はすでに威嚇するように双方に向けられていた。
護衛艦「きりしま」戦闘指揮所の照明が一斉に赤色に切り替わる。警告を告げるブザーの音が耳をつんざく。FCS-3改のレーダーディスプレイには、052Dのシルエットが不気味なほど大きく映し出されていた。
「対水面、零距離射界よし」
中国052D型艦艦長の冷徹な声が響く。
「88式主砲、第一番射、目標は波頭100メートル前」
副官が即座に復唱する。「了解、第一射装填!」
ほぼ同時だった。
「きりしま」の127mm速射砲と、052Dの130mm単装砲が、轟音と共に火を噴く。砲口から迸った炎が、一瞬だけ閃光。衝撃波が艦全体を激しく揺らした。
「きりしま」の左舷横、わずか50メートルの海面が、何かに叩きつけられたように裂けた。巨大な水柱が天高く噴き上がり、艦全体がわずかに傾く。
「至近弾!距離50!」管制士の報告が、焦りを滲ませた。
「次は艦首延長線上だ、奴らに“射程を知っている”と思わせろ!」艦長の声には、微塵の動揺もなかった。
「きりしま」から放たれた砲弾は、052Dの艦首延長線上、わずか80メートル先を抉った。
「こちらも、奴らの艦首をかすめろ!」副官の声が、興奮を隠せずに響く。
砲弾が海面をえぐる
「こちらは海上自衛隊護衛艦。これ以上の接近は認めない——」
「こちらは中国人民解放軍海軍。貴艦は中国領海を侵犯中——」
両艦からの無線は、母国語でほぼ同時に送信され、混線した電波の中で意味を失う。海上の緊張は、頂点に達していた。
水柱の残滓が、白い泡となって波間に消えていく。
背後にチラリと見えた揚陸艦の艦尾に、赤旗が翻り、上陸部隊が通信アンテナを立ち上げているのが見えた。
「きりしま」の艦長の視線が、その光景を捉える。喉が、ごくりと音を立てて動く。
その瞬間だった。
「きりしま」型の護衛艦は、右舷側から聞こえてくる悲鳴のような轟音に、艦全体を震わせた。艦首から20メートル後方、右舷前部に76mm砲弾が直撃したのだ。
白く巨大な水柱と、黒い煙が一体となって吹き上がる。鋼板が捻じ曲がり、悲鳴を上げた。艦橋が激しく揺れ、計器類が床にバラバラと散らばる。