第1章 DAY0 開戦
低く響く雷鳴のようなノイズが、台北市の夜空を覆う暗い雲の下、国防部の巨大モニター群に走った。緑色のレーダー画面が一瞬ちらつき、次の瞬間、画面中央の航空機マーカーが一斉に消える。
「……全島西部レーダー、リンク切断! データゼロです!」
オペレーターの叫び声が響く。カメラが寄ると、スクリーン上に赤字で「TIMEOUT」の文字。背後の参謀たちが一斉に電話に飛びついた。電光掲示板の秒針が「02:15」を指した瞬間だった。
時を同じくして、韓国・ソウル駅。深夜のKTXがホームに滑り込む直前、信号表示灯が一斉に真っ赤に点滅し始める。運転士が非常ブレーキを引くと、けたたましい音が構内に響いた。ホームの売店のテレビには「列車全線運転見合わせ」の速報テロップが流れる。
その頃、オサン空軍基地では、Link-16の大型ディスプレイに味方機を示す青いアイコンが、次々と“赤い敵アイコン”へと変貌していく。
「味方機が……敵機識別に変わっています!」
通信士が顔を真っ青にして振り返る。
日本・防衛省統合幕僚監部 指揮統制室。JADGEシステムの航空識別タグが一つ、また一つと消え、艦艇位置を示す青いシンボルが灰色の“未知”表示に変わっていく。
「米軍衛星経由のバックアップ回線に切り替えろ! 今すぐだ!」
統幕1佐が椅子から立ち上がり、通信士に叫んだ。背後の大型スクリーンには、東京証券取引所の売買グラフが固まり、真っ白な画面が無音で瞬いている。
台北桃園空港の管制塔で、滑走路の誘導灯が一瞬暗転する。 ソウル市内の大型病院で、手術室のモニターが砂嵐に変わる。 関西電力の変電所で、制御盤のモニターが真紅の警告に染まり、遠隔操作が不能になる。 世界中のサーバーラックに並ぶLEDが、一斉に異常な点滅パターンを繰り返す。
低く脈打つベース音が空間を満たし、全ての時計の秒針が「02:16」を指した瞬間、台北、ソウル、東京の夜空に、同じような薄いノイズと低周波が流れ込んだ。それは、物理的攻撃の「前奏曲」だった。
最後のカットは、NHK国際報道センター。
キャスターが、真剣な声で読み上げる。
「現在、台湾・韓国・日本において、大規模なサイバー攻撃が発生しています。政府は、これは偶発的な障害ではなく、武力行使と連動した“開戦シーケンス”である可能性を視野に……」
映像がフェードアウトする。
画面に残るのは、赤い文字。
「X-5時間44分」