第144章 エピローグ②
第二十五章 海底の揺らぎ
俺は深く息を吸い込み、静かに海中へと身を沈めた。
水深十数メートル。海面から差し込む光が届き、青く輝く世界が広がる。熱帯魚の群れが目の前を通り過ぎ、珊瑚の隙間には鮮やかな色のウツボが顔を覗かせている。海の中は、いつ来ても別世界だ。
海底にたどり着くと、俺は岩陰の間に隠れたイセエビを探し始めた。手にしたモリの先端を慎重に進める。岩と岩の間にわずかな隙間を見つけ、そこにモリを差し込むと、巨大なイセエビの触覚がかすかに動いた。今日の獲物だ。
その時、耳の奥に微かな振動が響いてきた。それは、遠くの船のエンジン音とも、波が岩を打つ音とも違う。もっと重く、腹の底に響くような唸りだった。まるで、巨大な何かが海底を這っているかのようだ。
俺は違和感を覚え、モリを止めて周囲を見回した。すると、岩陰の向こうの暗い海底に、陽炎のようにゆらめく巨大な影が見えた。それは、山脈が動いているかのように巨大で、ゆっくりと、しかし確実に、俺のいる場所へと近づいてきていた。
「なんだ、あれは…」
俺はモリを放り出し、水面へと急浮上した。息を整え、震える体で再び海中を覗き込む。
しかし、そこに先ほどの影はなかった。あるのは、いつもの、静かな海底だけだった。
「見間違いか…?」
俺は何度も目をこすり、自分の見たものが幻だったのかと自問自答した。だが、耳の奥にはまだあの重い振動が残っている。それは、那覇港の緊迫した空気を揺るがす、誰も知らない「現実」のほんの断片だったのかもしれない。