第140章 沖縄への幻影
場所:ロナルド・レーガン艦内・医務区画前 特別封鎖エリア
赤い隔離ラインと警備兵が、医務室前の通路を封鎖していた。その先、開かれた防火隔壁の向こうには、臨時設置された感覚剥奪用チェアと多波長脳波計測装置が並ぶ。壁面パネルには「Restricted Research Protocol – TS-47」と貼られ、米海軍研究局(ONR)の管理下であることが明示されていた。
「Falcon-12」ことトーマス・ブレナン中佐は、耐Gスーツを脱ぎ、海軍病院のブルーの患者服に着替えさせられていた。顔色は浅黒く、瞳の焦点は時折ぼやける。左腕にはEEG(脳波電極)のカフと皮膚電気反応センサー、右腕には点滴ラインが固定され、生理食塩水と軽度鎮静薬が投与されている。
マイヤーズ博士が、タブレットの実験チェックリストをスクロールする。
「被験者の覚醒状態は維持。幻影干渉を誘発するシナリオは、1945年4月の沖縄戦空域パターン。同時に、艦外ではそうりゅうと本艦の距離を意図的に12カイリ以内に縮める」
通信コンソールでは、暗号通信班が特殊同期パルス送信装置の周波数帯を設定中だった。送信条件は、先の事例から割り出された4.83Hz〜5.02Hzのシータ帯変調波を、Lバンド通信と艦載レーダーのパルスに重畳させるという異例の手法だ。
ハリス中佐が短く指示を飛ばす。
「医療、心理、暗号班――プロトコル・フェーズ1開始。艦橋、外部センサーを多層観測モードに移行」
艦橋からの返答は即座だった。
「Roger。全センサー、光学・赤外・量子干渉計モードに切替完了。外部リンク——そうりゅう、レーガン、米陸軍グリーンパイン・レーダーを三角測量同期」
ブレナン中佐の視線が宙を彷徨い始める。心理士が囁くように、過去の任務内容を語りかける。
「あなたは今、沖縄南西空域へ向かっている……、僚機は左後方……下に見えるのは――」
心電計の波形が僅かに跳ね、脳波モニターのシータ帯が立ち上がる。
マイヤーズ博士は唇の端を上げた。
「――来るわよ」
艦内の非常灯が一瞬だけ揺らぎ、艦載センサーの一部が未定義データを吐き始める。
時空干渉実験・フェーズ1、ロナルド・レーガン艦内にて開始された。