第138章 官邸危機管理センター:迫るミサイルの影
首相官邸地下1階、危機管理センター。室内は静かだが、冷却ファンと空調の低い唸りが耳に残る。
白色蛍光灯が低い天井から無影照明を落とし、壁際の大型電子地図は淡いブルーに日本海全域を描き出している。その海域に、米インド太平洋軍からリアルタイムで送られたシンボルが点滅していた。赤い三角形が北朝鮮・咸鏡南道の沿岸付近に複数、規則的に移動している。凡例には「TEL - Transporter Erector Launcher(移動式発射台)」と表示されていた。
防衛省統合幕僚監部の防空作戦担当1佐が、手元のレーザーポインターを地図北側に走らせる。
「米インド太平洋軍第613航空作戦センターより共有。舞水端里および吉州の発射基地でTELが掩体壕を出て展開を開始しました。衛星の中赤外線センサー(SBIRS)と、コブラボールの測定で固体燃料推進剤の熱反応を確認。推定は中距離弾道ミサイル・固体燃料型です」
小さくも抑えきれないざわめきが室内を走る。外務省危機管理官は、ノートPCの外交通信ログをスクロールしながら短く問う。
「発射方向の確度は?」
1佐は即答した。
「現時点では方位限定なし。ただしTELの展開軸は東向き、日本海射程圏への配備とみられます。陸上PAC-3のみでは迎撃困難。海上からのSM-3迎撃態勢が必須です」
内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)が、紙ファイルとタブレットを手に総理へ身を乗り出した。
「総理、海自イージス艦を日本海北部に再配置する即時判断をお願いします。米第7艦隊は既にロナルド・レーガン空母打撃群で共同追尾態勢に入っています」
総理は、スクリーン上の海図に視線を走らせる。
「対象艦は?」
「あたご型『あたご』を北上展開。佐世保のこんごう型『ちょうかい』は能登半島沖へ。いずれもSM-3発射可能範囲を最大化するラインに配置します」
総理は一呼吸置き、明確な声で命じた。
「直ちに配置。発射兆候を確認次第、迎撃準備に入れ」
危機管理監が背後の通信卓に指示を飛ばす。暗号化専用回線が開かれ、スクリーン右上に「防衛省・統合幕僚監部 指揮統制室」のバナーが点灯した。即時行動命令が短く読み上げられる。
「官邸承認――日本海北部へイージス艦3隻配置、即時行動開始」
作戦海図上で、青い艦影アイコンがゆっくりと動き出す。システムは航路と予想到達時間を自動計算し、最も早い『あたご』のETAは4時間12分後と表示された。
室内は再び静まり返る。誰もが、この前進配置が抑止のカードにも、開戦のトリガーにもなり得ることを理解していた。