第11章:引き金と捏造
地下シェルターの静寂は、床下に隠された数百万「YAMATO」の冷たい青い光によって、不気味な墓所の輝きへと変わっていた 。志藤蓮は、その光を浴びながら、奪い取ったばかりのハードウェア・ウォレットの束をバッグに詰め込み、満足げに笑った 。その笑い声は、核震災後の東京の瓦礫を渡る風のように乾き、聞く者の背筋を凍らせる響きを持っていた。
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源三は、かつて自分が教え込み、そして今は自分を裏切った「狼」を、リクライニングチェアに深く沈み込んだまま静かに見つめ返した 。その傍らには、丹精込めて手入れされた盆栽と、高価なウィスキーのボトルが置かれたままだ 。
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「志藤よ……友情を金に換える時、お前はもう二度と引き返せない一線を越えることになるぞ」源三の声は、経験に裏打ちされた深い響きを湛えていた 。
「友情? 源三さん、あんたは俺に教えたはずだ。この街で証明できないことは存在しないと(It's not what you know, it's what you can prove)」志藤はシルバー・スミス&ウェッソンを構え、その銃口をかつての師の眉間に正確に定めた 。
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日向凱の脳内で、ナノマシン「ブルー・ゴースト」が激しく火花を散らした 。視界の端に流れるバイタル・センサーが、志藤の心拍数が異常なほど安定していることを示している。彼はこれから行おうとしている殺人を、事務的な報告書を書くのと同程度の「作業」として処理していた 。
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「待ってください、志藤さん! 彼は……彼はあなたの戦友じゃないか!」凱が叫び、一歩踏み出そうとした。だが、背後にいた巨漢の上田が、凱の肩を岩のような手で押さえ込んだ 。
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「黙って見てろ、新人。これが『トレーニング』の核心だ」上田の言葉には、倫理観が完全に麻痺した「凡庸な悪」の響きがあった 。
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志藤は笑いながら、迷いなく引き金を引いた 。
乾いた銃声が地下空間に反響し、琥珀色のウィスキーに源三の鮮血が混ざり合った。源三は、自分が信じていた「古いルール」と「友情」の残骸とともに、リクライニングチェアの上でゆっくりと崩れ落ちた 。
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その瞬間、志藤のチームメンバー――加瀬、佐野、そして上田の三人が、まるで精密な機械のように同時に動き出した 。
「加瀬、ハジキだ。古い散弾銃を持ってこい。佐野、床の血痕を少し広げろ。上田、新人をコンソールの前に座らせろ」
志藤の命令は迅速で、冷徹だった。加瀬は事前に用意していた、登録抹消済みの古い散弾銃を源三の死体に握らせ、指紋を押し付けた 。佐野は源三の手に硝煙反応を残すための工作を行い、部屋の一部を「激しい銃撃戦」があったかのように偽装した 。
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凱は、あまりの手際の良さに言葉を失った。彼らは、同様の現場捏造をこれまで何度繰り返してきたのだろうか。彼らにとって、死体は単なる「隠滅すべき証拠」であり、一人の人間の命が失われたという事実は、システムの処理速度を上げるための微細なノイズに過ぎなかった 。
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「さあ、日向。レポートを書く時間だ」
志藤が、凱の前にタブレットを放り出した。そこには、復興庁の公式な事件報告書フォーマットが立ち上がっていた。
「……何を書けと言うんですか」
「真実だ。執行官・源三は、復興支援金の横領を摘発されることを恐れ、我々に銃を向けた。そして、正当防衛のためにやむを得ず射殺した。……お前のバッジにかけて、これを『真実』として署名しろ」志藤は凱の首筋に冷たい銃口を押し当て、低く囁いた 。
「これは捏造だ。私は、そんなことは書けない」
「書け。さもなければ、お前は今ここで、源三の共犯者として死ぬことになる。お前の家族はどうなる? 多摩のキャンプにいる娘に、汚職捜査官の娘というレッテルを貼らせるつもりか?」
志藤の言葉は、毒のように凱の心に染み渡った。志藤は心理的支配を用いて、凱の罪悪感と野心を同時に揺さぶり、彼を「羊」の皮を脱ぎ捨てた「狼」へと変貌させようとしていた 。
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凱の指先が、タブレットの画面の上で震えた。脳内のナノマシンが、家族の安泰という偽りの未来を描き出し、彼の正義感を内側から削り取っていく。彼は志藤という「深淵」を覗き込み、その深淵が自分を覗き返していることを痛感した 。
「……分かりました」
凱は、震える手で承認ボタンを押し、電子署名を刻んだ。その瞬間、日向凱という人間が守り抜いてきた「魂の尊厳」の一部が、音を立てて崩れ落ちた 。
志藤は満足げに笑い、凱の肩を力強く叩いた。「おめでとう、日向。これでようやく、お前は『システムの部品』になった。キングコングでも、俺たちのこの『真実』を止めることはできない」 。
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一行は、源三の亡骸と数百万YAMATOの残像を後にし、地下シェルターを脱出した。地上に出ると、大和から流れる「希望の歌」が、相変わらず冷たく、虚しく夜の空気に響き渡っていた 。
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戦艦大和の巨大な砲塔が、遠くの月明かりに照らされて光っている。凱の目には、その巨躯が、もはや希望の象徴ではなく、数えきれない死と腐敗の上に浮かぶ、巨大な「捏造された理想」のように見えていた。
「次のセクターへ向かうぞ。夜明けまでに、ロシアの連中とケリをつけなきゃならん」
志藤のモンテカルロが、瓦礫の街へと再び咆哮を上げた。凱は助手席に深く沈み込み、自分の手のひらに残る、実際には触れていないはずの源三の血の感触に、ただ耐え続けていた。




