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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン27

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第6章:記憶の川の汚濁


除染ドームの人工的な静寂を離れると、再び東京の「現実」が牙を剥いた。志藤のモンテカルロは、かつての文京区、現在は地下大深度に隠された巨大データセンターへと続く、補強されたトンネルを潜っていた。


凱の脳内では、依然としてナノマシン「ブルー・ゴースト」が神経を焼き切らんばかりのパルスを送り続けていた。視界の端には、通り過ぎる廃墟の熱源反応や、空中回廊を巡回するドローンの識別信号が、目障りなほど鮮明に流れている。


「三賢者が言っていた『記憶の川』……全市民の情報を管理するデータバンクですね」


凱が問いかけると、志藤は前方の暗闇を睨みつけながら、不敵な笑みを浮かべた。


「そうだ。核震災で紙の書類も戸籍もすべて灰になった。今、この街で『自分が誰であるか』を証明できるのは、あのサーバーの中に刻まれた0と1の羅列だけだ。前科、資産、病歴、そして――『誰を殺したか』という記録もな」


車が停車したのは、EMP対策が施された分厚い鉛の扉の前だった。ここには、復興庁が設立した全国民の情報管理システム「記憶の川」の基幹サーバーの一つが鎮座している 。


志藤は車を降りると、三賢者から与えられた「捜査令状」という名の免罪符――マスターアクセス・キーを手に、セキュリティゲートへと向かった 。


サーバー室の内部は、地上の地獄とは対照的に、冷徹なまでの秩序が保たれていた。何万もの青いLEDが明滅し、冷却システムの低い唸りが、まるで巨大な獣の呼吸のように響いている。


「日向、見ろ。これがこの街の『神の脳髄』だ」


志藤はコンソールにプラグを差し込み、ホログラフ・ディスプレイを展開した。ナノマシンで強化された凱の視界には、データの奔流が本物の「川」のように見えた。数千万人の人生が、光る糸となって虚空を流れている。


「志藤さん、我々のアクセス権限は『特定被疑者の追跡』に限定されているはずです。なぜ、執行官自身のログを開いているんですか?」


凱の懸念を無視し、志藤は流れるような手つきでデータを操作し始めた。


「知っていることではなく、証明できることが全てだ(It's not what you know, it's what you can prove)。……お前、さっき三賢者が言っていた『ロシアでの不手際』が気になっていたな?」


ディスプレイに、志藤の過去の任務記録が表示される。そこには、ロシア系マフィアとの違法な取引、押収したデジタル通貨「YAMATO」の横流し、そして数々の不審な「ドローン事故」の断片が、警告を促す赤いフラグとして点滅していた 。

+1


「これは……」


「バグだよ、日向。システムの正常な運行を妨げる、余計なノイズだ。三賢者はこれを知っていて俺を飼っている。だが、ロシアの連中が動き出した今、この記録が公的監査に引っかかれば、俺はトカゲの尻尾として切り捨てられる」


志藤の指が動くたび、赤いフラグが次々と消去され、代わりに「公務執行中の正当な判断」という虚偽のタグに書き換えられていく。凱は、目の前で世界が改竄されていく光景に、激しい眩暈を覚えた。


「志藤さん、止めてください! それは犯罪です。我々が守るべき『記憶の川』を、自ら汚すなんて……!」


志藤は操作を止め、ゆっくりと凱の方を向いた。その瞳には、サーバーの青い光が反射し、冷酷な捕食者の輝きを宿していた。


「守る? 誰が、何をだ? この川は最初から濁っているんだよ。三賢者は自分の汚職を隠し、俺は自分の生き残りを懸けてデータを洗う。……日向、お前もだ。お前の家族、多摩のキャンプで飢えている妻と娘。……彼女たちの配給ランクを『S』に書き換えてやろうか? 医療優先権を与えてやろうか?」


「……っ」


凱の言葉が詰まった。脳内のナノマシンが、家族の幸福という「甘い未来」のシミュレーションを強制的に再生する。


「お前は正義を語るが、その正義で娘の腹は膨れるのか? この川の流れを少し変えるだけで、お前の家族はこの瓦礫のジャングルで『王族』になれる。……狼になれ、日向。自分の群れを守るために、システムという獲物を食い殺すんだ」


志藤は、凱の手を掴み、強制的にコンソールの「承認」ボタンの上に置いた。


「これが俺たちの契約だ。俺の過去を消せ。代わりに、お前の家族に『未来』をやる。……押せ」


サーバー室の冷気が、凱の肌を刺す。

志藤の「King Kong Complex」――自分は法を超越した存在であるという傲慢な全能感が、重圧となって凱を押し潰そうとしていた 。


外では、戦艦大和が発信する「希望の歌」が、デジタル通信網を通じてこの施設にも届いている。だが、その歌の裏側で、真実という名の川は、黒い雨よりも深く、醜く汚染されていった。


凱は、震える指先でボタンを見つめた。

自分が今、正義という名の「羊」の皮を脱ぎ捨て、底なしの深淵へと足を踏み入れようとしていることを、彼は痛いほどに理解していた。

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