第107章 密やかな通信
— 封じられた艦内で
【艦内・第2予備士官室】
鉄と油の匂いが染みついた狭い部屋。壁の時計は動いているはずなのに、秒針の音は耳に届かない。
ここでの時間は、外界から切り離されたように鈍く、重かった。
机の上のマグカップは、すでにぬるい。
その底を見つめていたとき——
ポケット奥に隠していた小型端末が、低い振動音をひとつ漏らした。
毛布の下に潜り込み、画面を開く。
送信者は「H」。大友遥人。
日本海のどこかで、チャーターしたイカ釣り漁船に乗り、米軍・自衛隊の通信をかぎ回っているはずの男だ。
《横須賀GHOST CARRIER拠点から傍受。米軍、ロナルド・レーガン、そうりゅう関連で動き活発。詳細分割送信予定》
分割送信——つまり、これから小出しに来る。
暗号化ファイルの第1片を解凍すると、雑音交じりの英語音声が流れた。
〈…interference event… Soryu… Ronald Reagan… schedule…〉
はっきりとは聞き取れないが、「干渉」「そうりゅう」「レーガン」「スケジュール」という単語が耳に刺さる。
扉の外で足音が止まり、鍵が外される音がした。
南條大尉と、見覚えのある航海科士官が入ってくる。
「……何か言いたいことがあるそうだな」南條の声は平板だった。
俺はゆっくりと端末を机に置き、液晶をわざと画面ロックしたままにする。
「あります。ただし、全部を今言うつもりはない」
士官の眉がわずかに動く。
「脅しか?」
「交渉です」
わざと間を置き、端末に指先をかける。
「沖縄海域でそうりゅうとロナルド・レーガンが接近したとき、何が起きたか——俺は一部を知っている。その断片を、あなた方に渡す価値があるかどうか、これから判断します」
南條は視線を外さずに椅子を引き、腰を下ろした。
「……続けろ」
俺は笑みを抑えながら、指先で端末の画面を軽く叩いた。
「続きは、条件次第です」
この瞬間、ただの軟禁室が、取引の場へと変わった。