第106章 沈黙の弾頭
— 核なき国の、もうひとつの顔
【防衛省・市ヶ谷地下B7会議室/非公開協議】
長机を挟み、制服組と背広組が向かい合う。
壁の時計は午後23時を指し、外の記者会見場では「北朝鮮監視のためのそうりゅう派遣」という公式説明が流れている最中だった。
だが、ここにいる者たちは誰ひとりその説明を信じていない。
【防衛装備局長・加瀬の報告】
加瀬は封印テープのついた黒いケースを机上に置く。
ケースの中には、手のひら大の弾頭断面模型と、魚雷発射管に装着された状態の高解像度写真が収められていた。
「これは……沖縄本島西方の海底から引き揚げられた米軍由来の小型水爆弾頭です。
解析の結果、現在の海中発射型トマホークにも適合可能であることが判明しました」
スクリーンに映るのは、そうりゅう型潜水艦の発射管内で換装作業を行う映像。
その光景に、文官の一人が低く呻く。
「……つまり、それを実戦運用可能な状態で搭載していると?」
加瀬は無言で頷いた。
【統合幕僚長・三枝の説明】
三枝が手元の資料を指差す。
「現行の日本の防衛政策では核武装は“ない”ことになっている。
だが、北朝鮮・中国・ロシアが同時に対日圧力を強める現状では、抑止力が必要だ。
この弾頭は、そうりゅうが日本海で展開する理由のひとつでもある」
背広組のひとりが苦々しい声を上げる。
「国会にも内閣にも通せない代物だぞ。事故があれば一巻の終わりだ」
三枝は短く返す。
「事故を起こさせる前に、向こうに“持っている”と気付かせればいい」
【政治的ジレンマ】
外務省出身の安全保障担当補佐官が腕を組む。
「この事実が漏れれば、日米同盟は揺らぎます。ワシントンは日本の核武装を最も警戒している」
加瀬が皮肉を込めて笑う。
「だからこそ、“公式には存在しない”抑止力として運用するんです」
【最後の確認】
会議の終盤、官邸直結の防衛政策室長が口を開く。
「……この件を知っているのは、ここにいる全員と首相、それに海幕の一部だけだ。
他の誰にも口外しないこと。作戦は“北朝鮮監視”で通す」
扉が静かに閉じられ、会議室は再び無音に包まれた。
だが、日本海へ向かうそうりゅうの魚雷発射管の奥では、
冷たい金属の弾頭が、ひっそりと光を反射していた。