第104章 日本防衛の歴史的転換点
海自潜水艦そうりゅうに日本海への転進を指示したその日の深夜。
官邸地下の特別会議室
長机の中央には、大型スクリーンに投影された航跡図。
赤い二本の線が沖縄本島から日本海へと伸びている。
一隻は、再武装化された戦艦大和。そしてその前方に1隻
白いウェーキを船尾に引いて高速洋上航行をする海自潜水艦そうりゅう。
大和をはさみ、その後方を、第三の青い航跡が北上し、日本海へと向かっている——米空母ロナル ド・レーガンだ。
スクリーンが暗転し、別の映像が再生される。
そこに映っているのは、そうりゅからの潜望鏡映像。
巨大な艦影が、水平線上に堂々と浮かび、甲板上では艦載機が待機位置につけられてい る。
米空母ロナルド・レーガン
統合幕僚長はその映像を凝視しながら、頭の奥で別の記憶をたぐり寄せていた。
つい2時間前にそうりゅうから上がってきたデータ。
高精度慣性航法装置と艦内量子時計による時間計測ログ——それは、数秒単位でねじれた時系列の痕 跡を示していた。
海面の磁場分布にも異常が現れ、通常ではあり得ない高周波の電磁ノイズが検知されている。
そして、そうりゅうの潜望鏡画像が捉えた映像は、まさにその異常値のピークタイムだった。
つまり偶然か必然か、そうりゅうとロナルド・レーガンが沖縄近海で航跡を交差させた瞬間だ。
「……偶然とはいえ、この“幻影現象”が発生したのは事実です」
幕僚長は静かに言い、映像を一時停止させた。
スクリーンには、潜望鏡越しに陽炎のように揺れる空母の艦影が止まっている。
まるでそこに“もう一つの現実”が重なっているかのようだ。
対面に座る防衛大臣は腕を組み、低く言い切った。
「米軍も観測しているだろう。だが、連中に先を越されるわけにはいかん」
参謀の一人がためらいながら口を開く。
「では、そうりゅうを日本海に出すのは……」
大臣は深く頷いた。
「表向きは北朝鮮のSLBM監視だ。だが実際は——核抑止力の即応展開だ」
机の上に置かれた封筒が静かに開かれる。
中から現れたのは、沖縄海底から回収された小型水爆級弾頭の写真。
金属表面は光沢をおび、いつでも起爆できることが外観でもはっきりとわかる。
「日本海にそうりゅうを置けば、ロナルド・レーガンはほぼ確実に追ってくる。そして、その時また“あれ”が起こる可能性が高い」
幕僚長は視線を封筒から外し、潜望鏡映像のフレームへと戻す。
そこに映る空母の艦影は、じわりと滲み、形を歪ませていた。
「つまり これの意味することはなにか」幕僚長がそこで大きく息をついだ
「自衛隊が、日本海と沖縄の両戦域で、初戦を単独で戦ことになるということだ」
その言葉が落ちた瞬間、歴史の流れは大きく変わった。




