第103章 表向きの理由
— 北朝鮮監視の名のもとに
【オープニング:報道空撮映像】
灰色の冬の海原を、黒い艦影が一直線に北上していた。
そうりゅう型潜水艦——本来は静かに海中を行くはずのその艦が、珍しく波頭を蹴立て、ほぼ全身を海面にさらしている。
艦尾近くから白煙が絶え間なく立ち昇っていた。ディーゼルエンジンを最大稼働させ、航行と同時にバッテリー充電を続けているのだ。
チャーター機の窓越しに、報道カメラがその姿を捉える。
機内からのリポーターの声が、ヘッドセット越しに響いた。
「現在、沖縄東方海域を発った“そうりゅう”が日本海へ向け北上中です。通常潜水艦は水中航行で秘匿性を保ちますが、今回は異例の長時間浮上状態を維持し、最高速での転進を続けています」
カメラは艦首に寄り、甲板上の隊員が冬の潮風に耐えながら作業をしている姿を映す。
【海面からの目撃談】
同じ海域で操業していたイカ釣り漁船「第三十八明光丸」の船長・中村は、記者の電話取材に答えていた。
「最初は護衛艦かと思ったけど、あの艶のない黒さと形は潜水艦だな。しかも浮かんだまま全速で行くなんて……よほど急いでるんだろう」
別の漁船の若い乗組員が、無線で仲間にこう告げた。
「いや、あれはただの急ぎじゃない。海が違う匂いをしてる」
【テロップ:報道V.O.】
《北朝鮮の動向を受け警戒監視を強化 SLBM発射兆候を探知》
【舞鶴地方総監部・記者会見】
白い壁の会見室で、制服姿の広報官が淡々と読み上げる。
「今回の派遣は、北朝鮮の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射兆候を早期に探知し、日米韓での情報共有を迅速に行うことを目的としています。行動海域は日本海西部。任務期間は非公表です」
記者が食い下がる。
「米空母“ロナルド・レーガン”の日本海進出との関連は?」
広報官は間を置き、事務的に答えた。
「米軍とは常時情報共有していますが、今回の行動は独立した監視任務です」
【報道デスク・記者の心の声】
夜、素材整理をしていた若手記者・林は、空撮映像の隅に映り込んだ別の艦影に気付いた。
——並走する数隻の小型艇、そして遠く後方には民間船には見えぬ大型輸送艦。甲板には米軍仕様のコンテナ群。
任務は「北朝鮮監視」。
だが、海面に晒された黒い艦影が急ぎ向かう先は——それだけではない、と林は直感していた。
表向きの理由。それは、時として最も便利な覆いになる。