第102章 ノイズの向こう側
夜の港。
貸し切った古びたイカ釣り漁船の船倉で、大友遙人はひとり、膝の上に広げた黒いケースを開けていた。中身は、民生品に見えるが、内部は完全に改造された短波受信機とデジタル信号解析端末だ。
ヘッドホンに流れ込むのは、耳障りなホワイトノイズ。
しかし大友は眉一つ動かさない。指先で同調つまみをわずかに回し、もう一方の手で小型キーボードを叩く。
——ガガッ……ピッ……ザーッ……。
ノイズの海に、ほんの一瞬だけ異質なパルスが混ざった。
その瞬間、彼の瞳が鋭く光る。
「……軍用周波数。横須賀からだ」
画面には暗号化されたビット列が走り、即座に彼の作った解析ソフトがリアルタイムで復号を始める。
複数のウィンドウが開き、音声波形とスペクトログラムが並ぶ。
その片隅に、赤い文字が浮かび上がった。
《OPERATION: GHOST CARRIER — PRIORITY TRANSMISSION》
大友は、笑みともため息ともつかない息を吐いた。
その表情は、場末の記者というより、CIAの裏部門で長年耳を鍛えた諜報員のそれに近かった。
「やっぱり……隠してやがったな」
彼は受信機の出力を録音モードに切り替え、さらにノイズキャンセリングのフィルタを二重にかける。
——会話の断片が、海底から浮上する残骸のように、少しずつ聞き取れるようになっていく。