第100章 追尾
再武装化「大和」艦内・下士官居住区(軟禁区画)
艦内の空気は油と海水の匂いが混じり、低く唸る主機の振動が床板を伝ってくる。
野間遼介は、監視兵の足音が遠ざかるのを待って、毛布の中に腕を滑り込ませた。
硬い金属の感触——そこには、彼が最後の切り札として忍ばせていた衛星通信機があった。
小さく点滅するインジケーターが、受信を告げる。
画面を覆う毛布の中、ひそやかに音声が流れた。
「……野間さん、聞こえますか」
——大友遥人だった。助手であり、唯一の外との接点。
「聞こえる。何か掴んだのか」
「はい……マークしていた横須賀のロナルド・レーガンから、気になる情報が。どうやら“大和”と“ロナルド・レーガン”、それに海自の“そうりゅう”——この三つの間に、何か隠された関係があるようです」
野間の眉がぴくりと動いた。
「根拠は?」
「横須賀の米軍基地内で、最高機密レベル……ホワイトハウス直轄と見られる特殊チームが動いています。彼らは、あらゆる手段——盗聴、通信傍受、潜入捜査——を使って、この三つの艦に関する情報を集めているようです」
毛布の中で、野間の喉が乾く。
この話が本当なら、国家間の暗部そのものだ。
大友の声が続いた。
「これは……一生に一度の大スクープになるかもしれません。だから、全財産をはたきました。今、イカ釣り漁船をチャーターして、日本海へ向かっています。ロナルド・レーガンを追うためです」
同時に、通信機の画面が切り替わり、データ転送の進行バーが走る。
ファイル名は無機質だが、野間にはその重みがわかる——今まで大友が集めた全情報が、デジタルテキスト化され送られてくる。
受信音の合間、艦内のどこかで金属音が響いた。
監視兵が戻ってくる。
野間は震える指で受信完了のボタンを押し、通信機を毛布の下に押し込んだ。
その目は、もはや軟禁された記者のそれではなく、獲物を追う捕食者の光を帯びていた。




