第94章 軌道上の証言
国際宇宙ステーション・カップラ観測モジュール
「……あれを見ろ」
ロシア人飛行士の低い声に、NASAのミッションスペシャリストが視線を窓外に移す。
地球の青い縁取りの向こう、東シナ海の一角――そこに、不自然な光のリングが揺らいでいた。
肉眼ではかすかな虹色の靄にしか見えないが、ISS搭載の高感度可視光カメラとLIDARは、明確な時空屈折パターンを捉えている。
「JEMモジュール、干渉データ送信開始。波形解析入ります」
日本人飛行士がキーボードを叩く。
モニターに、海面の一点を中心に渦を巻くような重力波パターンが浮かび上がった。
NASAのフライトディレクターが地上から無線で入る。
『ステーション、観測結果によると、異常波形の振幅が……減少しています。ゆがみは解消に向かっています』
「つまり、タイムスリップ現象が閉じつつあるということか?」
カナダ人クルーが呟く。
その声はヘッドセットを通じて、地上の防衛省技術班にも届いた。
観測映像では、光のリングが徐々に薄れ、やがて海面に同化して消えていく――
その直後、海面近くに二つの巨大な艦影が、ほぼ同時に現れた。
一つは、確かに前大戦で沖縄沖で轟沈した「大和」に酷似。
もう一つは、同じシルエットでありながら、艦橋の形状や兵装配置がわずかに異なる――まるで、80年前の姿に現代兵器を移植した“異なる大和”だった。
ISSの窓から見ている者たちは、その光景が歴史の幻影なのか現実なのか、即座には判断できなかった。
ただひとつ言えるのは、時空の扉が閉じる最後の瞬間、その二つは同じ海に存在していたという事実だった。