第76章 歴史の回帰、航路を追う者たち
横須賀・米海軍基地
呉港から「大和」が出航したのとほぼ同時刻、横須賀の米海軍基地では、原子力空母「ロナルド・レーガン」が、静かにその巨体を動かし始めていた。
艦橋には、米第7艦隊司令官と統合参謀本部の将校たちが並び、デジタルと紙の両方の航路図を睨んでいた。
「航路、設定完了。沖縄沖、座標N26°40’ E128°04’。到着まで約24時間です」
「よし。出航準備、開始!」
短い号令とともに、艦全体が低く唸りを上げた。係留索が解かれ、空母の甲板上では誘導員が整然と手旗を振っている。
「ロナルド・レーガン」の巨大な艦体は、ゆっくりと岸壁を離れ、静かに外洋へ向けて進み出した。
——その艦内、艦橋から遠く離れた区画に、一人の男がいた。
海軍飛行服ではなく、灰色のスウェットシャツ姿。名札にはLt. Cdr. Michael Harris”。
彼は数週間前まで精神科病棟の個室で過ごしていた。理由は、通常では説明できない——「1945年4月の沖縄戦の記憶」が突如として彼の脳内に刻まれたからだ。
米軍の記録では、呉港で引き揚げられた旧日本海軍兵士の遺体のDNAが、彼と完全一致していた。遺体は大和艦内で見つかり、記録上は1945年4月7日に戦死している——それは、彼が「夢」として何度も見ていた最後の光景と一致していた。
治療名目で行われたのは、精密な精神・神経検査、そして海軍諜報部による非公式な取り調べだった。彼は戦場の座標、空母の艦名、艦載機の機種、そして爆撃の時間までも詳細に語った。
尋問官たちは表情を変えなかったが、彼が口にしたデータの多くが、機密指定の戦史資料と一致していた。
そして今日、理由は告げられぬまま、彼は「ロナルド・レーガン」に乗せられた。
同行するNCIS(海軍犯罪捜査局)の捜査官は、耳元で短く言った。
「君は“現場”で確認される。すべてはそれからだ」
甲板上では、沖縄への進出作戦に向け、艦載機のエンジンが試運転を始めている。
マイケルは、遠く霞む水平線の方角を見た——それは、80年前に彼が墜ち、そして死んだはずの海だった。
艦は加速し、航跡を伸ばしていく。
その進路は、奇しくも呉を出た「大和」と重なる航路だった。
歴史が、再び同じ海をなぞろうとしていた。