第60章 見れるドーム
呉第1基地
まだ冬寒い気が残る朝、基地周辺は異様な熱気に包まれていた。 前夜から妙なロイターの中継車が、鉄の壁のように歩道沿いに並び、屋根の上ではカメラマンが防寒具に身を包みながら三脚を構えている。
限定エリアには、軍事マニア、歴史愛好家、制服姿の治安官家族、そして偶然の好奇心で来た市民までが入っていた。
「ここ呉港です。数万人の群衆が、あの艦を一目見ようと詰めかけています……」
アナウンサーの緊張した声が拡声器越しに響いた瞬間、巨大な半球ドームがゆっくりと割れた。金属が擦れる、低く湿った音。左右にスライドする分厚い装甲パネルの隙間から、艦橋の輪郭が現れる。
最前列の少年が、カメラを構えたまま息を呑んだ
。
現れた艦体は、漆黒のつや消し塗装に包まれていた。 陽光無意識でも反射をほとんど返しず、輪郭が海と空に溶け込んでいく。
記者席の一部からは「ステルス塗装……いや、これは……」と小さな声が漏れたが、誰もその正体を断言できなかった。
現れた艦体は、漆黒のつや消し塗装に包まれていた。 その 黒は、シルエットではない——光を飲み込み、影すらも消え去る深淵だった
。
「……ステルス塗装……いや、違う……これは……」その言葉は途中 で途切れ、マイクにも拾われない。 声の主は、自分の発言すら危険な行為であるかのように口を閉ざした。
港全体が、一瞬にして音を我慢した。
報道ヘリのモニター音も、観客のざわめきも、遠くを行く貨物船の汽笛すらも消えたかのように、すべてがその漆黒の巨影に吸い込まれていく
。
そして誰もが、声が出ていないと思った。
——これは、海に潜む捕食者だ。
「……あれ、本当に船なんですか?」
観覧席の最前列に立つ少年が、隣の父親にささやく。
父親は答えず、ただ無意識にビデオカメラを構えた。 レンズ越しに見ても、その艦は輪郭を保たず、画面の中さえ黒い靄のようにゆらめいている。
「ここ現地です……!」
リポーターが中継車から伸びたマイクを握りしめ、喉を立たない。
「今、ドームから現れた艦影——『大和』と発表されていますが、これは我々が知る艦艇ではありません。視認できるはずの艦橋や甲板が、光学的に消えかけている……この存在感、いや、存在しないような……」
その実況は興奮よりも恐怖と同調していた