第32章 警視庁公安部 外事第四課 執務室
深夜の警視庁公安部外事第四課の執務室は、不気味な静けさに包まれていた。壁一面に広がるモニターには、東京各所の監視カメラ映像と、無数のデータストリームが流れている。その部屋の中央、静かにコンソールを見つめる松永理事官がいた。
松永の傍らに立つ、公安捜査官の黒崎が、緊張した面持ちで報告する。 「理事官、北朝鮮のサイバー部隊が、韓国の主要インフラにDDoS攻撃とマルウェアを散布している痕跡を確認しました。これは、過去の分析パターンと一致します。しかし、我々が警戒すべきは、韓国への侵攻だけではありません。」
松永は、無言で頷く。彼の関心は、韓国のインフラではなく、東京の地下鉄ネットワーク、主要な通信タワー、そして東京タワーやスカイツリーといったランドマークの監視カメラ映像に向けられていた。北朝鮮が、韓国侵攻と同時に東京へのテロ攻撃を仕掛ける可能性を、松永は予見していた。
「北朝鮮の目的は、単純なテロ行為ではありません。それは、恐怖で日本国民を揺さぶり、中国の台湾侵攻に対する日本政府の参戦を阻止するための、連携した脅しです。」
松永の言葉は、冷酷なまでに論理的だった。
「中国は、台湾侵攻に際し、日本の参戦を最も警戒している。そのため、ロシア、北朝鮮と連携し、日本国内の治安を揺さぶることで、日本政府の意思決定を麻痺させようとしている。北朝鮮は、そのためのテロの駒にすぎません。」
黒崎は、その恐るべきシナリオに息をのんだ。 「しかし、まだ確証はありません。北朝鮮の動きは、あくまで韓国侵攻に焦点を絞っているように見えます。」
松永は、ゆっくりと立ち上がると、窓の外に広がる東京の夜景を見つめた。その表情に感情はなかったが、その口調には、底知れない確信が宿っていた。