第30章 97式射撃管制室
呉港の旧海軍工廠に停泊する戦艦《大和》の艦内、再整備された「97式射撃管制室」は、最新のデジタル技術とレトロなアナログ計器が混在する、異質な空間だった。
部屋の中央に据えられたシミュレーターコンソールには、広大な海原と、その上を飛行する標的機のホログラムが映し出されている。
「古村大尉、準備はいいか?」
杉浦二佐が、コンソールのオペレーターシートに座る古村に声をかけた。古村は、現代の戦闘服に身を包みながらも、その背筋はピンと伸びていた。
「はい、二佐。いつでもどうぞ」
杉浦は、壁面スクリーンに映し出されたデータを見つめた。 「標的はB-29をシミュレートした無人標的機だ。高度9,000メートル、速度350ノット。これから2機が異なる方向から接近する。
君には、主砲による対空迎撃と、対艦精密射撃を同時にシミュレートしてもらう。目標は、『大和』がこの時代で直面する可能性のある最も現実的な脅威だ」
古村は、コンソールのタッチパネルに指を滑らせ、主砲の照準システムを起動させた。 「了解。主砲、第一斉射、対空弾用意…」
ホログラムスクリーンに、二機のB-29が異なる方位から接近してくる。古村は、杉浦の隣で、現代のイージス艦のコンソールを操作するかのように、無駄のない動きで指示を出していく。 「メインレーダー、両標的を補足!第一砲塔、方位350、仰角80度、装填開始!」
だが、すぐに最初の問題が起きた。ホログラムのB-29が、激しい回避行動をとり始めたのだ。 「二佐、目標が回避行動を始めました!これでは、従来の射撃管制では…」
杉浦は、冷静に答えた。「そうだ。だから、主砲に組み込まれた対空誘導弾(VMG)を使用する。VMGは、発射後に自律誘導する。大切なのは、発射タイミングと、敵機が回避行動を始める前の予測弾道だ」
古村は、ハッと気づき、コンソールの画面を切り替えた。
そこには、B-29の飛行データと、予測される回避行動のモデルがリアルタイムで表示されていた。 「予測弾道…!了解!第一砲塔、発射!第二砲塔、方位180、仰角70、発射!」
ドックに停泊中の《大和》とは思えない、轟音と衝撃がシミュレーター室を襲う。ホログラムの砲弾が、空の彼方へ吸い込まれるように飛んでいく。数秒後、二つの標的機が、空中で爆発する映像が映し出された。
「…命中。成功だ、古村大尉」杉浦は、満足げに頷いた。
しかし、訓練はまだ終わらない。今度は、もう一つのシミュレーションが始まった。遠方の海上を航行する、敵艦隊を模した標的が表示される。 「今度は、精密対艦射撃だ。目標は、約40キロ先の標的艦。主砲のGPS誘導精密砲弾を使用する。着弾誤差は、1メートル以内が要求される」
古村は、息をのんだ。40キロ先の標的を、1メートルの誤差で命中させる。それは、帝国海軍の時代には想像もできなかった精度だった。彼は、慣れた手つきで、再びコンソールを操作する。 「…GPS弾、装填完了!発射!」
再び、シミュレーター室に衝撃が走る。ホログラムの砲弾は、上空で軌道を修正し、標的艦に正確に着弾した。
訓練を終え、汗を拭う古村に、杉浦は言った。 「君は、この短期間でよく適応した。主砲の多機能性と、現代の精密誘導技術を完全に理解している。だが、大切なことを忘れるな」
「はい、二佐?」
「主砲は、この艦の最終兵器だ。しかし、最も重要なのは、その力をいつ、どこで使うかだ。君の持つ戦術的思考と、この艦の圧倒的な火力を組み合わすことだ」