第17章 移される艦
展示終了まで残り二週間を切ったころ、野間遼介はその違和感に憶測を抱いた。
取材先は、横須賀基地内の補給処に居る中の年間安全官。 顔出しNG、名前も伏せるという条件付きだったけど、男の口調は不自然に注意で、それでも歯が切れない。
「野間さん、あんた……あの艦がただの『展示品』やと思てんのか?」
唐突な一言に、野間は沈黙した。
「今、動いてるとか知ってますか。あの艦の艦内で、夜中に。普通の溶接工じゃない。AI研究機関の技術者が、毎晩交代で艦内に入るとる。警備
官も、『警衛』じゃなくて『護衛』に回っとる」
「護衛……?」と野間が反芻するのを無視して、男は続けた。
「呉に進む人間、40人以上。ついでに、展示終了のや翌々日には出航予定や。そんな迅速な移送手配、普通は『展示品』にはせんわな。おまけに
……全員『家族帯同』や」
その言葉に、野間の脳内で、取材メモの続きがあった。
——AI企業の社員証をつけた人物を、ゲーマー、港湾ゲートで見かけた。
——民間トラックに大学の物理研究機関ロゴ。
——海自の通信車両が、夜中のため基地の外に待機していた。
これは、「移行」ではありません。
何かが、艦の中で始まっている。
その夜、野間は尾行を開始しました。
目標は、情報提供者が名前だけ漏らした人物。
元通信群の幹部で、今は「展示艦《大和》」関連の整備業務に就いているという、白井修一・一等海尉(仮名)。
野間は彼の退庁時間を調べ、車両ナンバーを確認し、尾行した。
車は横須賀市街を抜け、浦郷の一角にある倉庫街に滑り込んだ。
その時点で野間は確信する。このルートは、通常の帰宅ではない。
20分後。白井は倉庫裏手の搬入口に車を停め、誰かと合流した。
野間は望遠レンズ越しに、その人物の顔を確認する。
——大手量子技術ベンチャー企業「カルダノ・プロセス」所属の主任技師
。
二人は何か書類を交換し、倉庫の奥の姿を消す。
野間はすぐさま、倉庫の外壁に身を潜め、カメラの高感度録音モードを起動。
ガレージの扉の隙間から、人の声がわずかに拾われた。
「……ラップゲートの増設、週末には完了。次の荷物は呉直送や」
「通信用のフレーム補強は?」
「ステルスシェル内部に増設済み。見えるように設計しとる。念のため、JQnetには載せてない」
艦体外部で行われている「補修」とは別系統の、「艦内改装」。
それは、**展示という名前を借りた「艦内兵装再配置」**だった。
夜が更けるころ、白井が再び車に乗って倉庫を抜けた。
野間は尾行を中断し、帰宅フリをして一時撤退。そして
翌朝、港事務局へ入れた匿名の記者の名前で問い合わせをした。
「《大和》回航の予定日程、確定ですか?」
「そうですね。展示終了の48時間後に、呉港へ向けて出航予定です。……ああ、ちなみに『移送』扱いですので、公開はされませんが」
——48時間。
とりあえずそうだ、艦内整備も回航準備も、すべて事前に行われる「運用艦」として逆算していた事になる。
それは、野中の注目を一歩先へ進めた。
「——『展示艦』なんです、最初からただの『カバー』やったんやな」
その言葉に、助手は顔を上げる。
「行くんですね?呉まで」
野間はうなずく。
すでにチケットは手配済みだった。
呉で見なければのは、戦艦《大和》ではない。
——再び国家戦略の中に安心した、「復元された軍事プラットフォーム」の正体だった。