OSS接触――未来のアメリカとの遭遇
##
昭和二十年四月十八日、午前九時。
マリアナ諸島、テニアン島東方約四百六十海里。
原子力空母「ロナルド・レーガン」は、電波放射を最小限に抑えたまま太平洋を航行していた。
GPSも衛星通信も失われ、周囲にはB-29や第二次世界大戦型の米艦艇が存在する。
自艦が一九四五年へ転移した――その暫定判断から五時間。
「左舷後方、潜水艦らしき艦影!」
見張り員の報告にCDCが緊張した。
ウェルズ艦長は即座に命じる。
「総員、警戒。発砲するな」
光学装置が海面を捉える。
約二海里先。一隻の旧式潜水艦が浮上していた。
艦橋には星条旗。
やがて信号灯が明滅する。
通信士官が読み取った。
「英字モールスです。『UNITED STATES NAVY。通信を要求する』」
ウェルズは双眼鏡を握った。
船体形状は、艦内資料に残る第二次世界大戦型米潜水艦に酷似している。
だが星条旗だけで信用するほど、この状況は単純ではない。
「こちらも信号灯で応答。所属、指揮官名、接触目的を照会」
数分後、返答が届いた。
『米海軍。合衆国政府特命。OSS将校乗艦を要求』
CDCがざわめく。
「OSS……」
戦略情報局。
CIA創設以前、第二次世界大戦中に存在した米国の情報機関。
それ自体が、彼らのいる時代を裏付けていた。
ウェルズは決断する。
「接触を許可。ただし小艇一隻、三名まで。武器は携行したままで構わないが、乗艦後に安全確認を行う」
「了解」
レーガンは安全な速力まで落とした。
潜水艦から小型艇が下ろされ、三人の男が巨艦へ近づいてくる。
艦側では警備要員が配置につき、舷側の乗艦設備が準備された。
銃口は向けない。
だが全員が武装している。
敵ではない可能性が高い。
しかし、まだ味方とも断定できない。
先頭の男が甲板へ上がった。
四十代ほど。
暗緑色の軍装。
胸には合衆国軍の階級章。
男は巨大な飛行甲板と、その上に並ぶF/A-18を見た瞬間、足を止めた。
プロペラのない航空機。
斜めに張り出した飛行甲板。
巨大でありながら煤煙を吐かない艦。
彼が知る一九四五年の技術では説明できない。
「ジョン・スミス少佐。戦略情報局OSS」
男は身分証を差し出した。
「合衆国大統領および統合参謀本部の特命を受けている」
書類は情報士官へ回され、確認が行われた。
もちろん、レーガン側に一九四五年OSSの身分証真正性を完全に照合する仕組みなどない。
それでも文書様式、階級、潜水艦との連携、そして何より周囲の世界そのものが、男の主張に強い説得力を与えていた。
***
レーガン艦内。
スミス少佐と二名の工作員は、士官区画の一室へ案内された。
向かい側にはウェルズ艦長と情報士官が座る。
スミスは暫く艦内を見回した後、口を開いた。
「率直に言おう。私は今も、自分が何を見ているのか理解できていない」
ウェルズは答えなかった。
スミスは革製のブリーフケースを机に置いた。
「まず、貴官の身元を確認したい」
ウェルズは軍人身分証明とドッグタグを示した。
「合衆国海軍大佐、ロバート・ウェルズ。本艦はUSSロナルド・レーガン、CVN-76」
「CVN?」
「原子力航空母艦だ」
スミスの表情が固まった。
「原子力……」
「我々は二〇二五年の合衆国海軍だ」
沈黙が落ちた。
「日本の海上自衛隊との共同訓練中、異常現象に巻き込まれた。気付いた時には衛星も通信網も消えていた」
スミスはしばらくウェルズを見つめ、それからブリーフケースを開いた。
「ならば、これにも説明がつく」
机に数枚の航空写真が並べられる。
ウェルズの顔色が変わった。
沖縄。
浅瀬に固定された護衛艦「むらさめ」。
その近くには軽巡「矢矧」。
そして洋上を行動する戦艦「大和」。
さらに別の写真。
特徴的な平板アンテナを備えた灰色の現代艦。
「……まや」
ウェルズが呟いた。
スミスは聞き逃さなかった。
「やはり知っているのだな」
もう一枚。
全通甲板を持つ「いずも」。
「沖縄の我が第十軍は、この艦隊によって進撃を阻まれている。大和は沈まず、上陸船団は損害を受け、B-29まで迎撃された」
スミスの声が低くなる。
「この異形の日本艦隊は何者だ」
ウェルズは写真から目を離さなかった。
数日前まで同じ海で訓練していた艦。
未来の同盟国。
「海上自衛隊だ」
「日本軍なのか」
「我々の時代では違う」
ウェルズは顔を上げた。
「二〇二五年の日本は合衆国の同盟国だ。彼らは我々と共同して西太平洋の安全保障を担っている」
スミスの目が鋭くなった。
「だが、ここは二〇二五年ではない」
写真の大和を指差す。
「ここは一九四五年だ」
重い沈黙。
「貴官の同盟軍は現在、帝国海軍と行動を共にし、合衆国軍と交戦している」
ウェルズは何も答えられなかった。
スミスは最後の書類を机上へ置いた。
「ワシントンの要求を伝える」
その声から感情が消えた。
「ロナルド・レーガンは合衆国海軍艦艇である。ならば、この時代の合衆国軍と協同すべきだ」
ウェルズの目が細くなる。
「具体的には」
「沖縄へ向かってもらう」
スミスは航空写真を押し出した。
「大和と、それを支援する未来日本艦隊を排除し、第十軍の作戦を回復する」
ウェルズの視線が「まや」と「いずも」の写真で止まった。
過去の祖国。
未来の同盟国。
二つのアメリカの間に挟まれた巨大空母の戦争は、ここから始まろうとしていた。




