第7章 接近
東シナ海・尖閣諸島北東約18海里海域/巡視船「こなん」艦橋
巡洋艦「こなん」の艦橋では、室温をしばらく緊張感があり、無線と電子音声の合間に張り詰めていた。
「第1管制、レーダー映像確認。南南西方向、マスト高35メートル級が3隻。海上警務型」
声を張るレーダー士の横で、鷹見剛志が無言で乗り出した。 双眼鏡を覗くくまでもない。 視界の隅に、中国海警局の大型船が白い船体に黒塗りの「CHINA COAST GUARD」の文字をしっかり、直進してくるのが確認できた。
「まっすぐ来てます。威圧行動の典型ですね……」
と葛西が言った。
しかし、鷹見は鼻を鳴らした。
「いや、これは『距離感をなくす戦闘法』だ。こちらが怯めば、向こうの『勝ち』だ」
その時、艦橋に警報が鳴りました。
「中国側レーダー照射、明確なビームロックです。艦番号33210から」
「馬鹿が……」と鷹見が呟いていた。
「警告放送出しますか?」
海保士官が質問する。
「放送は海自だ。俺がやると戦争になる」
鷹見はぴしゃりと切った。
「葛西、お前が対応しろ。俺が言えば、向こうは撃ってくる。日本の旗を背負うのはお前のほうだろ」
その言葉に、葛西昭一は一瞬口をつぐんだ
。
「こちらは日本海上保安庁所属巡視船。現在、国際法に基づく正当な警戒行動を実施中。これ以上の接近は危険行為と見なす」
答えの代わりに、無回答のまま、中国海警船が速度を5ノットから9ノットへ上げた。
「こいつら、こするぞ……」
若い機関士が呟いた。
「衝突警戒、距離500」
「船体左舷へスライド接近中」
「音響センサーする―、走行音あり、潜水ドローン確認されず―」
艦橋の報告が、順次連続。
そのとき、もう一隻の中国船が、斜め後方から別角度で接近してきていることが確認された。 艦番号33102。
「包囲形が残ってる」
葛西が呟くと、鷹見が押しつぶすように言った。
「包囲じゃない、“前後封鎖”だ。ここは、演習空域じゃない、実戦想定海域だ」
その直後、1秒の空白を置いて、中国語警告による放送が始まった。
「中国海警局所属33102船である。我が方の主権海域における不法侵入、退去せよ。さもなくば必要な措置にはいる」
「必要な措置」――それは、「発砲」の婉曲表現であることは、全員が理解していた。
艦橋が沈黙する中、レーダー上にもう一つの向こうが現れる。
「上空に航空反応。機種識別……Y-9、電子偵察機です。高度7500mで周回開始」
「今度、向こうはこの作戦を“記録”しにきたってことか……」
葛西の声に、鷹見が短いうなずいた。
「撃つ気はある。そして撃たせたいのは、こっちだ。――日本側から開戦させる、これが中国の手口だ」
巡洋艦「こなん」は、その瞬間、政治と軍事の「最前線」にあった。
だが、防衛大臣も、内閣も、沖米軍も――今は誰も、この場にはいない。
「ここが現実だ。だが誰も、それを認めない。これが今の戦争だよ、葛西」