第5章 SNS情報戦 DAY-120
【都内・品川/木曜13時過ぎ・カウンター定食屋】
カウンター席に並ぶ男たちのネクタイは、どれも昼休憩の解放感からか、わずかに緩められている。後ろのテレビからは、日経平均と地政学リスクに関するニュースが流れ、味噌汁の湯気とともに、会話が飛び交っていた。
佐竹(40代・外資系コンサル)
「……あれ見た?台湾の総統選直前に出回った“習近平が蔡英文に脅しをかける”って動画。声も表情も完璧。AIだって知ってても一瞬信じかけたよ」
山岸(30代後半・ITセキュリティ系ベンチャーCTO)
「うちでも社員向けに注意喚起出したばっか。最近じゃ偽動画を検証するAIツールまで導入してるよ。スパムファージュって知ってる?」
佐竹
「中国の……なんだっけ、情報工作チーム?」
山岸
「正確には国家主導のフェイクアカウントネットワーク。数十万の“架空ユーザー”で、YouTubeやXに一斉投稿。論調が見事に揃ってて、日本の処理水問題とか、アメリカのウクライナ支援とか、全部狙ってくる」
木下(50代・金融機関調査部)
「こないだの件だろ?“台湾はもうすぐ統一される”ってハッシュタグが1日で数百万回出たやつ。英語でも流してて、米国の世論すら揺さぶってる」
佐竹
「笑えないのがさ、日本のSNSでも“台湾有事なんて関係ない”とか“安保で損するのは日本だけ”って呟きが、RTでバズってる。どこまで本音で、どこまで誘導か見えないんだよ」
山岸
「実際、今じゃ“中の人”が日本人になりきってて、語尾も自然。AIで生成したアイコン使って、ママ垢とか会社員風に偽装してる。スパムアカがもはや“生活感”あるんだよね」
木下
「こっちはSNSで疑心暗鬼になって、逆に何も信じなくなる。“すべてがプロパガンダ”っていう、あれが中共の狙いなのかもな」
佐竹は箸を止め、ため息混じりに言った。
佐竹
「結局、誰が“本当のこと”を言ってるか分からなくなる時代だな。戦争はドローンやミサイルだけじゃなく、“信じるもの”を奪いに来てる」
山岸と木下は、頷きながら味噌汁を啜った。
その時、テレビから速報が流れた。
【速報】台湾南部沖にて中国海軍空母「山東」が出港、演習名目で海峡に進出中──米国防総省は警戒を強める意向。
カウンターに一瞬、沈黙が流れた。
木下
「……これも“演習”って言いながら、情報空間じゃもう“戦争は始まってる”のかもしれん」
佐竹は、もう一度スマホを手に取った。X(旧Twitter)には、すでに“#台湾有事秒読み”というハッシュタグが1.2万件も付いていた。




