第126章 報告(Classified Briefing)
ワシントンD.C. ホワイトハウス 国家安全保障会議室
重厚なドアが静かに閉まり、外部と隔絶された空間に空調の微かな風音だけが残った。
中央の楕円形テーブルには、国家安全保障担当補佐官、国防長官、海軍作戦部長、統合参謀本部議長、CIA長官、国家情報長官、科学技術政策局長官(OSTP)らが着席していた。参加者は全員、ホワイトハウス発出の“Tier One Alert”により、わずか5時間以内に召集された。
国家安全保障補佐官が、机上の端末をタップすると、壁面スクリーンに赤帯のラベルが浮かび上がった。
【議題:沖縄沖で発見された“現代米兵の遺体”に関する日米合同調査最終報告】
「報告は国防長官から」
補佐官の声に促され、長官がゆっくりと立ち上がる。
「——まず確認しておきたい。これは現実の話であり、SFやSNS上の陰謀論ではない。
先月、日本側から“旧帝国海軍戦艦『大和』の艦内で、現代米海軍の飛行服を着た遺体が発見された”との報告があった。最初は、我々も模造品や特殊演出の可能性を疑った。だが——」
スクリーンに映し出されたのは、F/A-18Fスーパーホーネットのパイロットスーツ。ネームタグは剥がされ、認識票もなかったが、素材や縫製は2000年代以降の米海軍仕様そのものだった。
「日本側、防衛大学校医学部および順天堂大学法医学部のチームが、遺体からDNAを採取。日米合同協定に基づき、我々にもサンプルが提供された。
その後——我が軍のDNAデータベースとの照合を行った結果、該当人物は……」
画面が切り替わり、若いパイロットの顔写真と、DNA一致を示す波形が表示された。
「第七艦隊・ロナルド・レーガン所属、第102戦闘飛行隊・F/A-18Fパイロット。
現時点でも“生存中”の、現役米海軍軍人と100%一致した。間違いなく、同一個体である」
一瞬、場の空気が硬直した。
「……どういうことだ?」
統合参謀本部議長が低く問う。
「つまり——生きている米海軍パイロットの遺体が、昭和20年の“過去”に存在していた、ということになります」
科学技術政策局長官が応じた。
「ふざけてるのか?」と、CIA長官が椅子を軋ませて前のめりになる。「そんなことが現実に起こりうるなら、歴史が崩壊する」
「我々科学班はすでに、理論物理学者らと接触しています。結論はまだ出ていませんが、“局所的な時間断裂”または“閉曲時空線の形成”が実際に起きた可能性があると……」
国防長官はそれを遮った。
「そして、さらに特筆すべきは——この人物、昨年4月、ロナルド・レーガンが太平洋上で一時的に通信・航法を完全に喪失した26分間以降、精神的に不安定となっていた。現在、メンタルケア下にあり、強い“過去の戦闘の記憶”を語っている。昭和20年、沖縄戦で“大和”を爆撃した記憶を」
「それは本当に記憶か?」
国家情報長官が鋭く割って入った。「洗脳や誘導の可能性は?」
「少なくとも、記憶の内容はあまりに詳細かつ整合性がありすぎる。無線のコード、旧日本軍の艦種識別、当時の航法ルート……全て合っていた」
会議室には再び沈黙が落ちた。
スクリーン中央に表示された「DNA 100.% Match」の緑のラインが、脈動のようにゆっくりと点滅していた。
国家安全保障補佐官は、小さく息を吐いて言った。
「この件は……我々の世界の境界線を、根底から揺るがせることになる」