表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3569/5439

第192章 序章 逆再生される夢


 1999年の夏が、終わろうとしていた。

 鹿児島市内のホテルの一室。窓の外には、錦江湾の穏やかな闇が広がっている。

 賢治は、シャワーを浴びて潮の匂いを落とした後も、眠ることができずにいた。

 脳裏に焼き付いて離れないのだ。あの深海で見た、引き裂かれた鋼鉄の断末魔が。

 机の上には、今回の調査データを収めたハードディスクと、比較対照用に持ち込んだ数冊の古い資料集が置かれている。

 彼はその中から、分厚い図面ケースを開いた。

 中から現れたのは、和紙に焼かれた古い青図ブループリントの複製だった。

 『軍極秘 試案 A-140-F6』

 そこには、海底で見たあの無残な鉄塊とは似ても似つかない、あまりにも優美で、幾何学的な「理想」が描かれていた。

 定規と烏口からすぐちで引かれた、迷いのない直線。

 コンパスが描いた、完全な円弧。

 計算尺が弾き出した、極限の数値。

 海底の大和は「物理的な現実」だったが、この図面の中の大和は「数学的な完全」として存在していた。

「……美しいな」

 賢治は思わず息を漏らした。

 エンジニアとして、この図面を引いた人間たちの執念に圧倒される。

 ここには、錆もなければ、破壊もない。

 あるのは、物理法則への純粋な挑戦と、国家の命運を背負って立つという強烈な意思だけだ。

 誰が、これを描いたのか。

 どんな思いで、この一本の線に命を削ったのか。

 賢治の指が、図面の右下に記された署名サインをなぞる。

 『造船大佐 福田啓二』

 その文字を見た瞬間、賢治の意識は、時間を遡行し始めた。

 モニターの中の3Dモデルが解体されていく。

 錆びついた鉄板が、赤茶色の酸化膜を剥ぎ取られ、銀色の輝きを取り戻す。

 へし折れたリベットが、再び強固に結びつく。

 海底の泥が消え、海水が引いていく。

 スクリューが逆回転し、巨体が深海から海上へと浮上する。

 溶断された装甲が再び繋がり、炎は収束し、火薬は薬莢の中へと戻る。

 時間は70年、いや、それ以上前へと巻き戻される。

 1945年の絶望から、1941年の栄光へ。

 そして、それよりもさらに前。

 鉄がまだ鉄鉱石であり、巨艦がまだ形を持たず、ただの「数値」と「線」として、男たちの頭脳の中にだけ存在していた時代へ。

 ホテルの空調の音が遠ざかる。

 代わりに聞こえてくるのは、窓を叩く冷たい秋雨の音だ。

 潮の匂いは消え、インクと古紙、そして紫煙の匂いが漂ってくる。

 場所は鹿児島ではない。

 1935年、東京。

 すべてが始まった、あの日へ。

(序章 完)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ