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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第190章 第9章:生活の痕跡 —— 鉄と靴と —— 暇つぶしサークルにて


場所: 大学のサークル棟、「暇つぶしサークル」部室。


野本:(湿気ったビスケットの袋を慎重に開けながら)

「……ノティール号は、鉄の塊から離れ、泥の平原へ向かいました。そこは『デブリフィールド』。生活の跡地です」


橋本副部長:(マンガを読みながら)

「デブリって、ゴミだろ? 宇宙ゴミとかの」


野本:

「いいえ、副部長。ここでは遺品です。……最初に現れたのは、一本のラムネ瓶でした。独特のくびれを持つ、薄青色のガラス瓶です」


小宮部長:(窓ガラスの汚れを指でなぞりながら)

「ガラスの青……。フェルメール・ブルーね。深海の闇の中で、その透明感だけが時間を超えたのよ」


野本:

「部長、驚くべきはそこではありません。厚さ六〇センチの鋼鉄の装甲は引きちぎられたのに、この薄いガラス瓶は割れずに残っていたのです」


橋本副部長:

「運が良かっただけだろ」


野本:

「内圧と外圧の均衡です。……想像してください。満員電車で屈強なサラリーマンが押し潰されそうになっている足元で、落とした生卵が奇跡的に割れずに残っている状況を」


橋本副部長:

「いや、踏まれるだろ普通。例えに無理があるぞ」


野本:

「……あるいは、四角い白磁の皿。錨と桜のマーク。……それはまるで、食事の途中でふと席を立ったかのように、そこに置かれていました」


小宮部長:

「不在の食卓……。最後の晩餐の、その後の静けさね。モチーフとしては最高だわ」


野本:

「はい。そこには『人間』の匂いがしました。鉄の油の匂いではなく、生活の匂いです」


場所: 大学の図書館前。


野本:

「……そして、決定的なものを発見します。泥の小高い丘の上に、一足の『編上靴あみあげぐつ』がありました」


山田:

「靴? 革靴か? 七〇年も前の?」


野本:

「はい。深海の無酸素・低温状態が、革をタイムカプセルのように保存していたのです。琥珀色の面影を残したまま」


重子:

「へえ、すごいね。……でも、中身は?」


野本:

「重子さん、野暮な質問です。肉体は海へ還りました。……サイズは二四センチ。まだあどけなさの残る、少年の足です」


重子:

「うわ……なんか急にリアル。二四センチって、私と同じくらいじゃん」


野本:

「はい。この靴を履いて、彼らは甲板を走り回っていたのです。……山田さん、道端に片方だけ落ちている子供の靴を見た時の、あの言いようのない寂しさを一〇〇〇倍にしてください」


山田:

「……きついな、それ」


野本:

「三人の男たちは言葉を失いました。……四六センチ砲の威力を語っていた技術者たちが、ただの『人間』に引き戻された瞬間です」


山田:

「まあな。データとかスペックとか関係ねーもんな、靴見せられたら」


野本:

「はい。それは『死』の現実であり、かつて確かにそこに『生』があったことの証明です」


場所: ファミレス「ジョリーズ」。


亀山:

(レジ締めをしながら)

「やだわぁ、靴の話? 私なんか昨日、新しいパンプスで靴擦れしちゃってさぁ。絆創膏貼っても痛いのよ」


野本:

「亀山さん。その痛みは生きている証拠です。……大和の少年兵の靴は、もう主人の足を噛むことはありません」


亀山:

「……あんたねぇ、いちいち話を重くするんじゃないわよ。湿っぽくなるじゃない」


富山:

「野本さん、で、その靴はどうしたの? 持ってきたの?」


野本:

「いいえ、富山さん。アンリはマニピュレーターを伸ばしましたが、靴には触れませんでした。『敬意を払う』と」


富山:

「そっか。よかった。なんか持ってきちゃいけない気がするもんね」


野本:

「代わりに、泥と錆びたボルトを拾いました。……まるで、眠っている人を起こさないように、そっと部屋の電気を消して出ていく時の配慮です」


亀山:

「あら、あんたにしては良い例えじゃない。……そうね、寝てる子は起こしちゃダメよ」


野本:

「上昇を開始します。……泥の中に残された靴、ラムネ瓶、食器。それらは巨大な霊廟の一部として、永遠の静寂の中に置かれました」


富山:

「うん……。なんか、お疲れ様って感じだね」


野本:

「はい。三三三二名の人生。……それを胸に刻んで、彼らは光のある世界へ帰還しました」


亀山:

「はいはい、私たちも帰還するわよ。タイムカード押して。光のある我が家へ帰るわよ」


野本:

「野本と申します。……お先に失礼します。本日の潜航業務、終了です」


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