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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第166章 第6章:通信途絶(Blackout)


視点:ロバート・ケイン(国家安全保障会議 欧州・ソ連担当軍事顧問)

場所:ワシントンD.C. ホワイトハウス 地下危機管理室(Situation Room)

日時:1983年11月7日 10:48 EST(東部標準時)/15:48 Z


世界が「沈黙」する音が聞こえた気がした。

それは、物理的な静寂ではない。ファンは回り続け、プリンターは紙を吐き出し、人々は怒鳴り合っている。だが、情報の奔流(Data Stream)という、現代軍事指揮システムの血液が、突如として凝固したのだ。

「NMCC(National Military Command Center / 国家軍事指揮センター)より報告! 欧州軍(EUCOM)とのHF回線(High Frequency / 短波通信。電離層反射を利用して遠距離通信を行う主力帯域)、全滅しました!」

通信士官の声が裏返る。

「SAC(Strategic Air Command / 戦略航空軍団)からも同様の報告! 北極圏を飛行中のB-52編隊、『ルッキング・グラス(Looking Glass / 空中指揮機)』とのコンタクトを喪失!」

ケインは、コーヒーカップを持つ手を止めた。

「全滅? 特定の周波数だけでなくか?」

「全帯域です! 2メガヘルツから30メガヘルツまで、完全にホワイトノイズ(White Noise / 全ての周波数成分を均等に含む雑音)に埋め尽くされています! 通信機器の故障ではありません。物理的に『電波が届かない』のです!」

ケインの背筋に悪寒が走った。

HF通信の広域遮断。その原因として考えられるシナリオは、軍事顧問としての彼の脳内で即座に検索され、最悪の検索結果(Top Hit)が表示された。

高高度核爆発(HANE: High-Altitude Nuclear Explosion)。

「EMP(Electromagnetic Pulse / 電磁パルス)か……?」

隣に座る統合参謀本部の連絡将校が、震える声でその単語を口にした。

「ソ連が……成層圏で核を起爆させたのか? 我々のC3I(Command, Control, Communications, and Intelligence / 指揮・統制・通信・情報システム)を無力化するために?」

「衛星リンクは?」ケインは矢継ぎ早に尋ねた。

「UHF(Ultra High Frequency / 極超短波)衛星通信も不安定です! 信号対雑音比(S/N比)が急激に低下しています。シンチレーション(Scintillation / 電離層の乱れにより、電波の振幅や位相が不規則に変動する現象)が発生している模様!」


「被害状況の確認(Damage Assessment)を急げ! 本土への着弾は?」

「確認できません! 弾道ミサイル早期警戒システム(BMEWS)のレーダーも、ノイズで真っ白です!」

部屋の中の恐怖が質量を持って押し寄せてくる。

「目」と「耳」を潰された。これは、古典的な奇襲攻撃の第一段階だ。敵は我々を暗闇に閉じ込め、その隙に致命的な一撃(Decapitation Strike / 斬首攻撃)を準備している。

「大統領をエアフォースワンへ!」

シークレットサービスの責任者が叫ぶ。

「待て!」ケインは立ち上がり、テーブルを拳で叩いた。「早まるな! EMPなら、この部屋の照明も消えているはずだ! 地上の送電網も落ちる。だが、電気は来ている。これはEMPじゃない!」

「じゃあ何だと言うんだ! ソ連の新型ジャミング(Jamming / 電波妨害)か?」

「太陽だ」

ケインは、以前読んだNASAのレポートを必死に手繰り寄せた。

「太陽フレア(Solar Flare)だ。大規模なコロナ質量放出(CME: Coronal Mass Ejection / 太陽からプラズマの塊が放出される現象)が地球に到達した可能性がある。それが電離層嵐(Ionospheric Storm)を引き起こしているんだ」

「このタイミングでか!?」補佐官が絶叫する。「世界大戦の前夜に、太陽がくしゃみをしたと言うのか!」

「偶然こそが戦争の母だ」ケインは受話器を掴んだ。「モスクワも同じパニックに陥っているはずだ。彼らも通信を失い、『アメリカの攻撃だ』と誤認している可能性がある。今すぐ彼らに伝えなければならない。『これは自然現象だ、撃つな』と」

ケインは、部屋の奥にある特別な端末へ走った。

MOLINK(Moscow-Washington Hotline / 米ソホットライン)。

一般には「赤い電話」として知られているが、実態は電話ではない。翻訳の齟齬を防ぐため、テキストベースのテレタイプ(Teletype / 遠隔印字機)、そして最近導入されたばかりのファクシミリ装置だ。

「回線チェック!」ケインはオペレーターを押しのけ、自らキーボードを叩いた。「緊急メッセージを送る! 『太陽活動による通信障害発生中。我々は攻撃していない。繰り返す、攻撃していない』」

オペレーターが蒼白な顔で首を振る。


「……ダメです、サー」

「なんだと?」

「キャリア(Carrier Signal /搬送波)がありません。衛星回線も、海底ケーブルのバックアップも……応答しません。リンクダウン(Link Down)です」

ケインは画面を見た。そこには、冷酷なエラーメッセージが点滅していた。

CONNECTION TIMED OUT

世界で最も重要な通信回線。核戦争を回避するための最後の安全装置。

それが、太陽からの荷電粒子の嵐によって、あるいは単なるシステムの過負荷によって、プツリと切断されていた。

「神よ……」ケインは呟いた。「我々は今、暗闇の中で、互いに銃を向け合ったまま叫んでいる。だが、声は届かない」

視点:エレナ・ロストワ少佐

場所:モスクワ KGB第1総局 情報分析部

日時:1983年11月7日 18:55(モスクワ時間)

「耳鳴り」が止まらない。

それは物理的な音ではなく、情報の空白が生み出す心理的な圧力だった。

壁面の巨大な状況図から、一つ、また一つと、在外公館(Rezidentura)を示すランプが消えていく。

ロンドン、パリ、ボン、そしてワシントン。

KGBが世界中に張り巡らせた神経網が、末端から壊死していくようだった。

「ワシントン支局との通信、回復しません!」通信士が叫ぶ。「短波は全滅。衛星『モルニヤ』とのアップリンクも確立不能!」

イワン・ソコロフ大佐が、猛獣のように部屋を歩き回っていた。

「アメリカめ……ついにやりおったか」

彼の解釈は、あまりにもKGB的であり、そして致命的に論理的だった。

「通信妨害(Jamming)だ。しかも全地球規模のな。これほどの規模のECM(Electronic Countermeasures / 電子対抗手段)を展開できるのは、攻撃の直前だけだ。彼らは我々の指揮系統を孤立させ、報復指令を出せないようにしているのだ」

「大佐」エレナは端末のスペクトル解析画面を指差した。「これはジャミングの波形ではありません。広帯域すぎます。自然現象の可能性があります。電離層のF層(F Region / 電離層の最上層。短波通信の反射に重要)が消失しています」

「黙れ、ロストワ!」ソコロフは一喝した。「今、この瞬間に? NATOが核ミサイルの発射手順演習を行っている最中に、太陽が都合よく爆発したと言うのか? その確率(Probability)を計算してみろ!」

天文学的な偶然。

だが、エレナの分析官としての直感は告げていた。**「確率は低いが、ゼロではない。そして、敵が『全地球をジャミングする』確率よりは、自然現象の確率の方が高い」**と。

しかし、その論理は、恐怖に支配されたこの部屋では無力だった。


「参謀本部より入電!」

伝令が駆け込んでくる。

「戦略ロケット軍(Strategic Rocket Forces)の通信網も深刻な障害を受けています! 潜水艦へのVLF(超長波)通信も到達状況不明! 参謀総長は、『指揮系統の断絶(Decapitation)』が進行中と判断しました!」

指揮系統の断絶。

それはソ連にとって最大の悪夢だ。もしモスクワが核攻撃で消滅し、あるいは通信が途絶して報復命令が出せなくなったら?

アメリカは無傷で勝利する。それは絶対に許されない。

「『ペリメートル(Perimeter)』……」

ソコロフ大佐が、忌まわしい名前を口にした。

「死の手(Dead Hand)システムを起動準備だ。もし我々が沈黙し、センサーが核爆発を検知したら、自動的に全てのミサイルを発射する。通信が途絶えた今、機械に委ねるしかない」

エレナは絶望した。

通信が切れたことで、人間同士が話し合い、誤解を解くチャンスは永遠に失われた。

代わりに、冷徹なアルゴリズム(Algorithm)が主導権を握ろうとしている。

「ホットラインは?」エレナは最後の望みをかけた。「クレムリンとホワイトハウスの直通回線は?」

「繋がらん」ソコロフは吐き捨てた。「アメリカ側からの応答はない。……あるいは、向こうが意図的に切ったかだな」

意図的。

そう、疑心暗鬼(Paranoia)というフィルターを通せば、ケーブルの断線すらも「宣戦布告」に見える。

エレナは窓の外を見た。

モスクワの空には、季節外れのオーロラ(Aurora Borealis / 磁気嵐により低緯度でも観測される発光現象)が揺らめいているかもしれない。

美しい自然現象。

だが、それは今夜、人類を焼き尽くすための舞台照明(Lighting)として機能していた。

「私たちは……」エレナは震える手でレポートをタイプした。「……ただの太陽風に殺されるの?」

画面上のカーソルが、心拍モニターのように明滅していた。

外部からの入力信号(Signal)は、ゼロのままだった。

(第6章 完)


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