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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第116章 第5章『ジョリーの午後』


最終章:ジョリーの午後 (Afternoon at Jolly's)


「……野本さん?」

「ねえ、野本さんってば!」

「ポテト冷めちゃうよ? 食べないの?」


パチッ。

視界が弾けた。

灰色の天井も、静かすぎる団地の一室も、見守りロボットも消え失せた。

目の前にあるのは、油でギトギトになったバスケットに入ったフライドポテト。

耳に飛び込んでくるのは、隣の席の赤ちゃんの泣き声と、BGMの安っぽいジャズ。

そして、鼻をくすぐるのは、ドリンクバー特有の甘ったるいシロップの匂い。


野本

「……あれ?」

私は、野本。22歳。菊水大学文学部の学生。

手元を見ると、しわくちゃの老婆の手ではなく、ボールペンでメモ書きだらけになった自分の手がそこにあった。


富山

「もうー、野本さん! どこ行ってたのよ意識! 怖い顔して一点見つめてたよ?」

目の前には、茶髪で、派手なネイルをした富山がいる。

彼女の顔には「生活の疲れ」も「派遣切りの絶望」もなく、ただ「ポテト食べたい」という欲望だけが浮かんでいる。


野本

「……富山、さん? 生きて、ますか?」


富山

「はあ!? 殺さないでよ! めっちゃ生きてるし! これから新作のコスメ買いに行くし!」

テーブルの周りを見渡す。

そこには、小宮部長がスケッチブックに落書きをし、橋本副部長がスマホゲームをし、山田と重子がドリンクバーの配合について議論している。

誰も禿げていないし、誰も過労で倒れていないし、誰も孤独死していない。


野本

「……なるほど。これは『ジョリー』ですね。現在時刻は……」


亀山

「はいよ、ポテトのおかわり。クーポンで半額ね」

元気な亀山さんが、ドンと新しいポテトを置いた。


野本

「亀山さん……! 生きてらしたんですね……!」


亀山

「あんたねぇ、さっきから失礼ね。私がそう簡単にくたばるもんですか。あと30年はレジ打ち続けるわよ」


野本

野本は、深く息を吐き出し、眼鏡の位置を直した。

脳内のスーパーコンピュータ(妄想機能)が、急速にクールダウンしていく。


野本

「……失礼しました。どうやら私、少し長めのシミュレーションに没入していたようです」


小宮部長

「シミュレーション? ……ああ、さっき野本が語り始めた『私たちの未来予想図』のことか」


重子

「凄かったよね……。私、過労で適応障害になって、最後は療養所行きなんでしょ? リアルすぎて胃がキリキリしたよ」


山田

「俺なんて『消息不明』だぞ! 扱い雑すぎない!?」


富山

「私なんて派遣切りでホームレス寸前じゃん! 酷いよ野本さん、もっとこう、石油王と結婚するとかいうルートはないの!?」


野本

「申し訳ありません。現在の日本の経済指標、労働法制の実態、および皆様の学力と性格パラメータを入力して演算した結果、**『生存率ギリギリのバッドエンド』**が最も蓋然性が高いという結論に至りました」


橋本副部長

「嫌な演算だな! ……でもまあ、俺だけ公務員で勝ち組だったのは悪くないけど」


小宮部長

「橋本、君は熟年離婚して孤独な老後だったはずだが?」


橋本副部長

「うっ……。それも嫌だなぁ」


野本

野本は、メロンソーダを一口飲んだ。

強烈な甘さと炭酸が、脳に糖分を行き渡らせる。

(ああ、味がある。美味しい)


野本

「……それで。私たちはそもそも、なぜこんな絶望的な話をし始めたのでしたっけ?」


重子

「えっと……確か、来週提出の『現代社会論』のレポート課題が『日本の未来について論ぜよ』だったから……」


山田

「みんなでアイデア出し合おうぜって集まって……気づいたら野本さんの独演会が始まって、もう4時間経ってる」


野本

「4時間。……なるほど。私たちは『日本の未来』を憂うあまり、貴重な『現在』を4時間も浪費したわけですね」


小宮部長

「フッ……。だが、これぞ『暇つぶし』の真髄ではないか。

生産性ゼロ。得られたのは徒労感と、将来への漠然とした不安のみ。

……最高に贅沢な時間だ」


富山

「よくないよ! レポート全然進んでないじゃん! 私、単位ヤバいんだってば!」


亀山

「あんたたち、つべこべ言わずに食べなさいよ。ポテト冷めるわよ」

みんなが一斉にポテトに手を伸ばす。

「あ、それ長いやつ! 私の!」「橋本くん二本取ったズルい!」

そこにあるのは、醜い奪い合いではなく、平和なじゃれ合いだ。


野本

野本は、その光景を眺めながら、一本のポテトを口に運んだ。

塩辛くて、油っこくて、体に悪そうな味。

でも、これが「生きている」味だ。


野本(独白)

私たちはまだ、何者でもありません。

クダクラゲでもなければ、壊れた歯車でもない。

ただの、時間を持て余した学生です。

確かに、未来は暗いかもしれません。

黒いスーツを着る日は来るでしょうし、理不尽な上司に出会うかもしれません。

老後は孤独かもしれません。

でも、少なくとも「今」この瞬間には、ドリンクバーがあり、半額のポテトがあり、そして馬鹿話につきあってくれる仲間がいます。


富山

「あーあ。就活したくないなー。ずっとこのままでいたいなー」


野本

「富山さん。物理学的には、エントロピーは増大し、時間は不可逆です。

つまり、私たちは強制的に前に進まされます」


富山

「うわ、また難しいこと言った!」


野本

「ですが……。

もし辛いことがあったら、またここに集まればいいのではないでしょうか。

そして、今日みたいに、ドリンクバーで粘りながら、

『上司がムカつく』とか『税金が高い』とか、生産性のない愚痴を4時間言い続けましょう」


重子

「……そうだね。それなら、生きていけそうかも」


山田

「じゃあ、とりあえずレポートは『未来は暗いが、ポテトは美味い』で提出するか」


橋本副部長

「F判定不可避だな」


全員

「あはははは!」

ファミレスの窓の外、夕暮れの空が広がっている。

それは、絶望的な灰色ではなく、明日への希望を含んだ、優しいオレンジ色だった。


野本

「亀山さん、メロンソーダのおかわり行ってきます」


亀山

「はいよ。氷少なめでしょ? 分かってるわよ」


私は、野本。

菊水大学の学生。ファミレスのバイト。

将来の夢はまだ未定ですが、とりあえず今は、この温かいポテトを完食することが、私の最大のミッションです。

(完)


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