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第113章 横須賀港・大和艦上(D-115 夜)
港の夜は冷え込み、波間に浮かぶ艦影の灯が揺れていた。
森下耕作は桟橋を渡り、改装作業中の大和の舷側からタラップを上がる。
デッキでは、有馬幸作艦長が海を背に立ち、煙草の煙を夜空に流していた。
有馬
「遅かったな。港町の酒でも引っかけてきたか?」
森下(少し間を置いて)
「……墓参りに行ってきました。自分の墓へ」
有馬は煙草を落とし、火を靴で消す。
「そうか。名前は、そこにあったか」
森下
「ええ、昭和二十年四月七日。沖縄沖で戦死と」
二人の間にしばらく沈黙が流れる。
港の向こうで、造船所のクレーンがゆっくりと旋回している音が響く。
有馬
「……同じ海を、また戦いの色に染めることになるかもしれん」
森下
「止められる気はしません。だが、今回は——沈まぬために動く」
有馬は小さく頷き、暗い海を見つめた。
「我々は、生きて戻るために艦を動かす。
死ぬために舵を取るのは、あの日で終わりだ」
港の空気が一段と冷たくなり、二人の息が白く夜気に溶けていった。
遠く、第一列島線の向こうから吹く風が、微かに潮の匂いを運んでいた。