第40章 ウクライナに供与されたF-16の“実戦スペックと制約
《新寺子屋・戦史講義ホール:南條講義》
(黒板に大きく“F-16 for Ukraine:実戦スペックの現実”と書かれている)
南條
「はい、皆さん。今日は――
**ウクライナに供与されつつあるF-16の“実際の性能”と“本当にできること/できないこと”**を、
戦術・エレクトロニクス・運用制約まで含めて細かく話します。
まず結論から言う。
ウクライナが受け取るF-16は、“西側制空権を持つ国向けの戦闘機”を、制空権ゼロの国が使うという極限運用になる。
だから“本来のF-16性能”がそのまま出せるわけではない。」
(野田たち、メモを持って姿勢を正す)
■1. 供与されるF-16の型:Block 20 MLU(実質的Block 50相当)
南條
「ウクライナに来る機体は基本的に、
**デンマーク、オランダ、ベルギーの“MLU改修済みBlock20”**だ。
これは“古いBlock15を大改修して、電子装備をBlock50並みにした”という機体だな。」
富沢
「古いのを改造した、みたいな?」
南條
「ああ。だが侮れない。
MLUの中身はレーダー・航法・管制装置・データリンクが大幅に近代化されている。
● APG-66(V)2Aレーダー
● Link-16対応
● JDAM/JSOWなど精密誘導兵器への対応
● 新型ミッションコンピュータ
● フルカラーMFD
● AIM-120B/C対応
という内容だ。
つまり、“見た目は旧式でも中身は中堅クラスの現代戦闘機”と見ていい。」
亀田
「へえ〜、やるじゃない。昭和の家をリフォームして最新家電を入れたみたいね」
南條
「比喩としては正しい。
ただし、その“最新家電”をフルに使う環境がウクライナにはほぼ無い、という問題が後で出てくる。」
■2. レーダー:APG-66(V)2A ― 対地精密攻撃重視
南條
「供与機のレーダーはAPG-66(V)2A。
これは“F-16初期型の発展版”で、現代のAESAに比べればかなり弱い。」
小宮部長
「弱いって、どれくらい?」
南條
「対空探知距離は
● 3㎡級目標(Su-30等):70〜80km程度
● 1㎡級小型目標(MiG-29級):50〜60km
このあたりだ。
ロシア側の
● Su-35の“IRBIS-E”(最大350km級)
● MiG-31BMの“Zaslon-M”(280km級)
これらと比べると圧倒的に短い。」
野田
「えぇ…じゃあ向こうのレーダーに全然勝てないじゃないですか」
南條
「勝てない。
だからウクライナのF-16は正面からのBVR(長距離レーダー戦)はできない。
これは戦術の根幹に影響する。」
■3. ミサイル:AIM-120B/C ― “迎撃レンジ短めのAMRAAM”
南條
「供与される主力ミサイルは、
基本的にAIM-120B と AIM-120C-5/C-7になる。」
橋本副部長
「最新型じゃないの?」
南條
「最新はD型だが、
アメリカは“ロシアに技術解析されるリスク”を嫌って、まず渡さない。
AIM-120B:最大40〜50km級
AIM-120C-5:60〜70km級
AIM-120C-7:70〜80km級
という射程帯だ。」
重松
「Su-35のR-77やR-37と比べると?」
南條
「R-77-1は100km級、
R-37Mは200〜300km級だ。
つまりBVR戦において
ウクライナF-16は“撃たれる前に撃てない”構造になっている。」
山本
「それ…どう考えても不利すぎません?」
南條
「だから、ウクライナが狙うのは
①地対空ミサイルとの統合
②低高度侵入からの奇襲
③高価値目標へのピンポイント打撃
この三本柱になる。」
■4. 生存性:F-16は“低空戦”に弱い
南條
「F-16は性能こそ良いが、
単発・吸気口が機体下面・主翼は薄翼という特性がある。
これは
● 高機動性
● 高速
● 低抵抗
を生む一方で、
吸気口が地表面に近い=低空での異物吸引に弱い
単発=被弾時の生存率が低い
という弱点が出る。」
亀田
「つまり、地面スレスレを飛ぶのは危ないのね?」
南條
「危ない。
だがロシアのA2/AD圏(S-300/400地帯)では、それをやらざるを得ない。」
富沢
「うわぁ…“低空は弱いのに低空が必要”って最悪の組み合わせじゃ…」
南條
「その通り。」
■5. ウクライナの防空システムとの統合
南條
「ただし希望もある。
ウクライナは“西側防空システムとの連携”を進めている。」
● NASAMS
● IRIS-T SLM
● Patriot PAC-2/PAC-3
● C2(指揮統制)ネットワークの整備
● 空軍の“分散滑走路”訓練
これらとリンク-16で結合することで、
“F-16が前に出ずとも、後方からAMRAAMを撃つ”という運用が可能になる。
小宮部長
「前に出ずに撃つ?」
南條
「そう。“味方レーダーの情報を借りて撃つ”という方式だ。」
これを
Cooperative Engagement(協同交戦能力)
と呼ぶ。」
野田
「それって…F-16がロシア機と正面から向き合わなくていいってことですか?」
南條
「そういうことだ。これがF-16の“生存性の鍵”になる。」
■6. 地上攻撃能力:JDAM / HARM / SDB
南條
「むしろウクライナが最も効果を期待しているのは、
対地攻撃能力だ。
特に
● JDAM(GPS誘導爆弾)
● AGM-88 HARM(対レーダーミサイル)
● SDB(小直径爆弾)
これらは
“ロシアの地上レーダー・物流ハブ・橋梁・弾薬庫”
に確実な打撃を与える。」
橋本副部長
「もうHIMARSみたいなノリでピンポイント攻撃ですね」
南條
「まさにそう。
特にSDBは射程110km、精度は2〜3mと極めて高い。」
富沢
「110km!? もう爆弾じゃなくてミサイル…」
南條
「そう。その“精密打撃力”こそがウクライナF-16の本命だ。」
■7. ロシアの“飛行場攻撃”への対策
南條
「ウクライナの最大の課題は“飛行場の生存性”だ。
ロシアはF-16の配備地点を特定して、
Iskander・Kh-22・Geran-2(シャヘド)・S-300地対地モード
などで攻撃してくる。」
野田
「それ…滑走路壊されたら飛べないじゃないですか」
南條
「だからウクライナは
● 隠し滑走路
● 分散小基地
● 高速道路運用
● カバー付き格納庫
を同時並行で整備している。
北欧の‘ベース分散思想’を部分的にコピーしているわけだ。」
亀田
「ほんとに…命がけの隠れんぼね」
■8. F-16導入の“本当の意味”
南條
「最後に――
F-16が戦況を劇的に変えるか?
答えは“段階的にはYESだが、即効性はNO”。」
● BVRではロシアに勝てない
● だが地上打撃とレーダー抑制は大きく改善
● 西側防空網と統合すれば“広域迎撃”が可能
● ロシアは前線航空運用を大きく制限される
● ウクライナの空軍力が“生存する”ことで、地上軍の損耗が減る
富沢
「つまり“空で勝つ”ためじゃなくて“地上を守るための空”って感じ?」
南條
「その理解でほぼ正しい。」
野田
「F-16が来ると、ウクライナはどれくらい戦いやすくなるんですか?」
南條
「“一桁パーセント”ではなく“二桁パーセント”で前線持久力が上がるレベルだ。
特に
● ロシアの長射程レーダー車輛
● 弾薬倉庫
● 対空レーダー
これらを潰せることは非常に大きい。」
■【質疑応答パート】
野田
「F-16って、戦争が長引くほど価値が増すってこと…?」
南條
「そう。
“戦力を削られない空軍”は、長期戦で国家の骨格を保つ。
だからF-16は“戦争継続力の強化装置”なんだ。」
富沢
「でも、ロシアのSu-35がうようよいる上空で大丈夫…?」
南條
「大丈夫ではない。
が、“Su-35が自由に飛ぶ”状況は確実に減る。」
亀田
「HARMでロシアの防空レーダーを叩くって、もうイタチごっこよね?」
南條
「だがそのイタチごっこが“ウクライナに主導権を返す”のだ。」
小宮部長
「もしAIM-120Dを供与されたら?」
南條
「戦況が一段階変わる。
D型は160km級だから“撃ち負ける”領域が消える。」
山本
「それ…渡す可能性ありますか?」
南條
「政治状況次第だ。
ロシアが核脅迫を繰り返すほど、アメリカは渡しやすくなる。」
重松
「総括すると…F-16は“万能ではないけど、戦争の骨格を変える兵器”?」
南條
「その一言に尽きる。」
■【南條・講義総括】
南條
「F-16は“ウクライナ空軍の復活”を意味する。
制空戦ではロシアに勝てないが、
精密打撃・電子戦・防空ネットワーク統合で
戦場の構造そのものを変える可能性がある。
――“空を支配する”のではなく、
――“空を失わない”ための戦闘機。
これが、ウクライナにとってのF-16だ。」
(野田たち、息を呑んで講義終了の鐘を聞く)




