第31章 ゲパルト自走対空砲①
——新寺子屋・戦術シミュレーションホール
薄暗いドームに、巨大な砲塔模型がホログラムで浮かぶ。
左右に伸びた2本の35mm連装機関砲、後方にはレーダーアンテナ。
無骨で、旧式の臭いのするシルエット——だが、その姿には奇妙な迫力が宿ってい
る。
■ “時代遅れの怪物”が、世界で一番忙しい兵器になった理由
【南條】
「今日扱うのは——ゲパルト自走対空砲。
1970年代の対空兵器だ。
本来、最新のミサイル防空網に取って代わられ、
“退役寸前の骨董品”だった。」
(野本が首をかしげる。)
【野本】
「そんな昔の兵器が……なんで今、ウクライナで……?」
【南條】
「それは——
“ドローン戦争”という、ほとんど誰も予想しなかった戦場が生まれたからだ。
戦車よりも、航空機よりも、
『300ドルの自爆ドローン』が最大の脅威になった世界で、
ゲパルトだけが“正しい時代”を迎えた。」
(スクリーンに FPVドローンの高速飛翔映像が映る。
視点揺れ、ビル影をかすめ、地面すれすれで突進してくる。)
富山
「……音が、怖い……。蜂みたい……。」
南條
「そう。実際、兵士は“蜂の大群”と呼ぶ。
そして蜂を落とすには——
ミサイルでは遅すぎる。
電波妨害では不十分。
だから“弾幕”が必要になる。」
■ゲパルトの構造:“弾幕の方程式”
ホログラムが分解し、ゲパルトの内部が透けていく。
▼1. 35mm Oerlikon KDA 機関砲 ×2
発射速度:550発/分 ×2 = 1,100発/分
弾丸速度:1,175m/s
【南條】
「戦闘機時代の“高速、近距離、精密対空機関砲”。
これがドローンには最適だった。」
【亀山】
「こんな古そうな砲で、ドローン落とせるの……?」
南條
「ドローンは遅い。
戦闘機の1/50以下の速度。
だから“古い対空砲”が完璧に噛み合う。」
▼2. AHEAD弾(空中炸裂型)
直径3.6gの金属ペレットが150個散布される。
重子
「ペレットって……散弾みたいなものですか?」
南條
「そうだ。
空中で弾が開き、金属片が“雲”のように広がる。
ドローンはその雲につっこめば即撃破。」
野本
「……蜂の群れには、虫取り網……みたいな……?」
南條
「比喩としては正しいが、網ではなく“高速飛翔する金属嵐”だ。」
▼3. レーダー ×2基
•検知:15km
•追尾:10km
•射撃解法:自動計算
【橋本副部長】
「レーダーが二つ……何に使うんです?」
南條
「一つは索敵(探す)。
もう一つは追跡(追う)。
“探す → 追う → 解法 → 発射” を全部1台で完結できる。
これがゲパルトの強さだ。」
■ドローンを落とす技術は“狙うことではない”
(スクリーンに、幅10cmのFPVドローンが高速接近する映像。)
富山
「え……これ、当てるの……?
こんなの、見えなくない……?」
南條
「だから狙わない。
“通り道に弾幕を置く”。
これが対ドローン戦の本質だ。」
(ゲパルトの射撃解法が映る。)
南條
「レーダーで位置・速度・加速度を計算。
将来位置を予測し、そこで時限信管付きのAHEAD弾を爆発させる。
金属片の雲にドローンが突っ込めば撃破。」
■実技:ゲパルトの射撃制御を体験
ホール中央にゲパルトのFCS(火器管制システム)コンソールが投影され、
全員が座る。
▼手順1:レーダー起動
(アンテナが回転し、周波数変調が空気を震わせる。)
【南條】
「ドローンは反射面積が小さい。
“鳥と見分ける”のが第一の仕事だ。」
山田
「どうやって見分けるんですか……?」
南條
「速度。
鳥は60km/hが限界。
FPVは150km/hで突っ込んでくる。
ドローンは自然界の生物より速い。
だから識別できる。」
▼手順2:追尾モード
(レーダー追尾枠が動くドットを捕捉する。)
南條
「追尾は自動。
ただし、妨害電波で追尾が外れることがある。
その時は射撃手が“光学照準”で補助する。」
野本
「人間が……助けてあげるんですね……?」
南條
「そうだ。
兵器は万能ではない。
人間が足りない部分を埋める。」
▼手順3:射撃解法(自動計算)
•弾速
•風
•温度
•ドローンのベクトル
•AHEAD弾の開花タイミング
をすべて計算し、最適点に弾幕を置く。
【亀山】
「これ……計算が速すぎる。
人間じゃ無理ね……。」
南條
「無理だ。
だからゲパルトは“古いが最先端”なのだ。」
▼手順4:射撃(1,100発/分の金属嵐)
南條
「撃て。」
(重低音とともに、35mm砲が左右同時に火を吹く。
火線が空に伸び、弾が空中で炸裂して
金属片の雲が広がる。)
(FPVドローンがその雲に突っ込み、翼が吹き飛び、墜落する。)
富山
「……当たった……!」
南條
「弾は一発も“ドローンに直接命中”していない。
だが“通過しただけで死んだ”。
それが弾幕という技術だ。」




