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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第20章 重戦車と倫理の重さ


◆ 序:新寺子屋講堂に、鋼鉄の巨獣が姿を現す


講義三日目。

新寺子屋の大講堂には、やや張り詰めた緊張が漂っていた。


今日はとうとう、

ヨーロッパ支援の中でも最も象徴的な装備——

Leopard 2(レオパルト2)主力戦車が扱われるからだ。


AIミナカタが照明を落とし、

中央スクリーンに巨大な鋼鉄の影が浮かび上がる。


全長9.7メートル、重量60トン。

砲塔に刻まれた120mm滑腔砲が、

静かに、しかし圧倒的な存在感で迫ってくる。


吾輩は、尻尾を三倍に膨らませた。


「な、なんと大きな猫……ではないな……これは虎か?

 いや、虎よりも頑丈か?」


迷亭が鼻息荒く前のめりになる。


「おお! ついに出たな。文明の鋼鉄獣!」


そのとき、漱石が壇上に姿を現す。


「諸君。

 本日は“ドイツの覚悟”を読み解く。」


◆ 漱石講義①:「ドイツはなぜ重い腰を上げたのか」


漱石はレオパルト2の映像を背に、

静かな口調で語り始めた。


「2022年の侵攻当初、

 ドイツは兵器提供に最も慎重な国のひとつであった。

 その背景には、

 第二次世界大戦という巨大な歴史の影が横たわっている。」


ホログラムが切り替わり、

戦後のドイツ政治史が年表として表示される。


・戦後の「武器輸出慎重主義」

・NATOの中での軍事的自制

・“平和国家”としての国民意識

・他国への攻撃につながる装備提供への強い抵抗


漱石は深く頷いた。


「つまりドイツは、

 “武器を与えれば誰かが傷つく”という倫理観を、

 国家の根に据えていた。」


吾輩は首をかしげる。


「傷つくのは嫌いである。

 できれば猫は一切争わずに暮らしたいものだ。」


漱石、「猫の気ままは羨ましい限りだ」とため息をついた。


◆ 苦沙弥先生:「しかしドイツは転換しましたね?」


苦沙弥先生が手を挙げた。


「先生。

 ドイツは“慎重”から“主力支援国”へと転換しましたが、

 何が彼らを動かしたのでしょう?」


漱石は、ホログラムに“2022年2月24日”の文字を映し出した。


「ロシア軍の全面侵攻は、

 ドイツ人の“倫理観”そのものに衝撃を与えた。

 “やられた側”を救わねばならぬ、という義務感だ。」


さらに、2023〜2025年の資料が次々と浮かぶ。


・レオパルト2のウクライナ提供

・Gepard対空自走砲

・IRIS-T SLM 防空システム

・弾薬生産能力の倍増

・総支援440億ユーロ規模


「これは単なる軍事支援ではない。

 過去への贖罪を、未来への責任として捉え直す作業である。」


苦沙弥、「贖罪と責任……ずいぶん重い言葉ですな。」


漱石、「だからこそ戦車は重いのだ」と返した。


◆ 迷亭、またしても騒ぎ出す:「レオパルトは虎か猫か」


迷亭が身を乗り出す。


「先生、レオパルトとは豹のことでしょう?

 ではこれは巨大な猫科ではありませんか!

 吾輩君と同じ種類では?」


吾輩はきっぱりと言った。


「同じ種類にされては迷惑である。

 吾輩はもっと繊細である。」


漱石は苦笑しつつ、


「名前は猫科でも、中身は国家思想の塊である。

 ドイツの戦車は、ドイツの精神がそのまま鋼鉄となったものだ。」


迷亭が目を輝かせる。


「精神の具現化!

 これは哲学か芸術か、それとも政治か!」


漱石、「全部だ」と短く答える。


◆ 漱石講義②:「レオパルト2の“倫理としての重量”」


ホログラムに、レオパルト2の断面図が浮かぶ。


砲塔内部。

自動装填システム。

複合装甲。

火器管制システム。

そして120mm滑腔砲の内部温度が赤く光る。


「レオパルト2は、欧州最強クラスの戦車である。

 単なる長射程と高威力の砲ではなく、

 “撃つべきでない時に撃たない”ための制御が極めて精密だ。」


吾輩が驚いて目を丸くする。


「撃たぬための技術とは……逆説的であるな。」


漱石は静かに頷く。


「ドイツは、“必要最小限の暴力”を哲学に据えた。

 だからこそ、戦車の制御系はどの国よりも倫理的である。」


迷亭が興奮する。


「倫理的戦車!

 なんと時代は進んだのだ!」


清は小さく呟いた。


「そんな戦車があるなんて……なんだか、不思議な気持ちです。」


◆ 寒月の質問:「ドイツはなぜ“重装備”に踏み切ったのですか?」


寒月が静かに手を挙げる。


「先生。

 軽装備や弾薬だけでなく、

 重装備まで提供する決断は、

 国家として大き過ぎる負担ではないのでしょうか?」


漱石は深く息を吸い、

ゆっくりと答えた。


「ドイツにとってウクライナ支援とは、

 もはや“選択”ではなく“責任”なのだ。」


ホログラムにドイツ国内での議会討論の映像が映し出される。


「歴史の負債を背負い続けてきた国が、

 目の前の暴力に沈黙してはならない。

 これは国全体の倫理観が求めたものだ。」


吾輩が小声で呟く。


「過去は重いのであるな……

 吾輩の過去は、昨日食べた鮭の味くらいしか覚えていないが。」


◆ 漱石講義③:「防空と大地の盾」


次にホログラムが切り替わり、

IRIS-T SLM 防空システムの映像が流れる。


ミサイルが空に閃光を描き、

不規則な軌道の敵ミサイルを迎撃する。


漱石は言った。


「ドイツは戦車だけではなく、

 **防空という“都市の盾”**を提供した。」


画面には、次の装備が映る。


・IRIS-T SLM

・Gepard自走対空砲

・レーダーシステム

・各種迎撃ミサイル


「ロシアの空からの攻撃に対して、

 欧州で最も高品質の防空機材を持つのがドイツである。」


吾輩が恐る恐る尋ねる。


「空から襲われるのは怖い……

 吾輩なら押し入れに隠れる。」


漱石、「国家は押し入れに入れぬのだよ」と返す。


◆ 清の疑問:「ドイツ国民は支援を喜んでいるのですか?」


清が手を挙げた。


「先生。

 これほど大きな支援をして、

 ドイツの人たちは満足しているのでしょうか?」


漱石は首を横に振った。


「満足などしていない。

 むしろ苦悩している。」


学生たちからざわめきが起こる。


「だが、苦悩を抱えたまま、

 それでも支援を続ける。

 それこそが“成熟した国家”の姿である。」


吾輩は目を細め、


「苦悩しながら前に進む……

 人間というのは、猫よりもずっと複雑であるな。」


と呟いた。


◆ 漱石講義④:「ドイツが欧州の“芯”となる日」


漱石は壇上から一歩下り、

聴衆と同じ高さで語り始めた。


「欧州の安全保障構造は、

 2022年以降に大きく書き換えられた。」


ホログラムに欧州地図が表示され、

赤・青・緑のラインで“安全保障軸”が浮かび上がる。


「その新しい構造の中心に立つのは、

 もはやイギリスでもフランスでもない。

 ドイツである。」


迷亭が驚いて声を上げる。


「なんと! 哲学の国が安全保障の中心に!」


漱石は頷く。


「戦車と防空は、ドイツの“歴史を受け止める覚悟”の象徴だ。

 欧州はその覚悟に支えられ、

 新たな均衡を築きつつある。」


◆ 結語:レオパルトの一撃は、心の中にも響く


講義の終わり、

ホログラムにレオパルト2が再び姿を現す。


静止しているのに、

まるでゆっくりと息をしているかのように見える。


漱石は最後の言葉を紡いだ。


「諸君。

 レオパルト2の砲声は、

 ただ敵を撃つための音ではない。」


スクリーンに、

戦場の煙ではなく、穏やかなベルリンの街並みが映る。


「それは、

 “暴力に沈黙しない”という意思の音であり、

 “過去と未来を同時に背負う倫理”の響きである。」


吾輩が尻尾を丸めて言った。


「倫理とは……重いものであるな。

 戦車よりも重そうだ。」


漱石は苦笑し、


「その重さを背負うために、

 文明というものは存在するのだよ。」


と答えた。


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