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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第19章 大砲の哲学──ポーランド:東辺境の覚悟と重装備の奔流


◆ 序:新寺子屋ホールに轟く「Krab」の砲声


講義二日目、新寺子屋の大講堂には、

昨日よりも重い空気が流れていた。


ホログラム天井に映し出されたのは、

曇天のポーランド東部の平原。

その中央に、巨大な自走榴弾砲 AHS Krab が姿を現す。

砲塔が旋回し、砲身が空に向けて持ち上がる。


——ドォンッ!!!


CGとは思えぬ重低音が講堂に響き渡り、

学生たちが思わず肩を跳ね上げる。


その瞬間、壇上に姿を現した漱石は、

まるで砲声と歩調を合わせるように口を開いた。


「諸君。

 これが、ヨーロッパの東辺境が世界に向けて鳴らしている、

 “覚悟の音”である。」


吾輩は、耳を折りたたんで震えている。


「覚悟というものは、時として騒々しいのだよ、猫君。」


漱石は吾輩の耳元でそう呟いた。


◆ 漱石講義①:「ポーランドはなぜ最初に砲を撃てたのか」


漱石は地図を指し示した。


「ポーランドは、ロシアの侵攻後、

 ヨーロッパ諸国の中で 最速に近い速度 で

 兵器提供を開始した国である。」


ホログラムが切り替わり、提供装備の一覧が表示される。


・T-72戦車多数

・AHS Krab自走榴弾砲

・旧ソ連規格の122mm・152mm砲弾

・MiG-29戦闘機の部品提供

・歩兵装備、弾薬、装甲車


漱石は静かに続ける。


「なぜポーランドは迷わなかったのか。

 それは地図を見れば明らかである。」


地図に、ロシア・ベラルーシ・ウクライナとの国境線が赤く浮かぶ。


「この国は“欧州の盾”である。

 そして盾とは、

 自らが最も傷つきやすい位置にあるという証でもある。」


吾輩が小声でつぶやく。


「盾というのは、攻撃される役目ではないか。気の毒な国だな……」


漱石、「気の毒だからこそ、覚悟があるのだ」と返す。


◆ 迷亭が茶々を入れる:「Krabは蟹なのか?」


迷亭が勢いよく手を挙げた。


「先生、“クラブ”とは蟹のことでしょう?

 つまりこれは“蟹砲”ですか?

 横歩きでもするのですかな?」


学生たちがくすくすと笑う。


漱石は眉間に皺を寄せた。


「迷亭君。

 Krab はポーランド語で蟹であるが、

 この砲が横に歩くわけではない。

 むしろ敵に向かって一直線に“意思”を向ける兵器だ。」


吾輩が首をかしげる。


「では、なぜ蟹と名付けたのであろうか?」


漱石は少し微笑み、


「蟹は硬い甲羅を持つ。

 それはこの装備にふさわしい象徴だろう。」


迷亭、「ふむ、甲羅の哲学であるか!」


◆ 漱石講義②:「歴史的記憶は兵器を重くする」


漱石はスライドを切り替え、“20世紀のポーランド史”を投影した。


・1939年、ドイツとソ連に挟撃され消滅

・冷戦期、ワルシャワ条約機構の最前線

・ソ連の圧政

・2004年 EU加盟

・NATO東方拡大の要衝


「ポーランドは、

 歴史上、幾度となく“飲み込まれる側”だった。

 ゆえに彼らにとって安全保障は、

 抽象的な理念ではない。

 具体的な鉄と火薬の積み上げである。」


漱石が深く言葉を落とす。


「歴史的恐怖は、兵器提供の速度となって現れる。

 これは欧州諸国の中でも最も明確な例だ。」


吾輩、「恐怖が速さになるとは、奇妙な話であるな」と呟く。


◆ 清の質問:「そんなに多くの武器を出して自国は大丈夫なの?」


後方から、清が遠慮がちに手を挙げる。


「ポーランドがそんなに武器を出してしまって、

 自分たちの国は大丈夫なんでしょうか?

 足りなくならないかと心配です。」


その素朴な問いに、学生たちの視線も集まった。


漱石は深く頷いた。


「清さん、その心配は実に正しい。

 ポーランドには“援助疲れ”の兆候がある。

 しかしそれでも、彼らは支援を続けるだろう。」


清:「なぜですか?」


「理由は簡単だ。

 ウクライナが倒れたら、自分たちが次だからだ。」


講堂が静寂に包まれる。


「この国は、自国の未来を守るために、

 現在の武器を差し出している。

 その覚悟は他国より必然的に強くなる。」


◆ 漱石講義③:「45億ユーロの意味」


ホログラム中央に、巨大な数字が浮かぶ。


45 億ユーロ(軍事支援)


「2022年以降、

 ポーランドが提供した軍事支援は計45億ユーロ以上とされる。

 これは国の規模から考えれば、

 ほとんど異常ともいえる多大な負担である。」


漱石は続ける。


「だがこれは“援助”ではない。

 “自国の防衛線の前方移転”である。」


ホログラムに、

ポーランド・ウクライナ・ロシアの三国図が映る。


「ウクライナが戦っている限り、

 ロシア軍はNATO領に触れることができぬ。

 ポーランドにとって、

 兵器提供は 国家存続戦略 なのだ。」


吾輩は尻尾を畳み、

「猫としても逃げ道は多い方がいい」とつぶやいた。


◆ 寒月の質問:「ポーランドには他に選択肢があったのか?」


寒月が静かに尋ねる。


「先生、ポーランドはもっと“穏当”な方法を

 選ぶことはできたのでしょうか?」


漱石は首を振った。


「残念ながら、ポーランドに穏当な選択肢は少ない。

 地政学とは——

 その国が“選べない宿命”を背負わせるものである。」


ホログラムが北ヨーロッパ全体図へと切り替わる。


「フィンランド、バルト三国、ポーランド。

 これらの国々は暴力の風下にあるからこそ、

 風上へ砲を向けるしかない。」


漱石は言葉を強めた。


「そして欧州の中で、

 最も覚悟を早く固めた国がポーランドだった。」


◆ 迷亭、危険な例え話を始める


迷亭が再び立ち上がった。


「地政学とは、つまり“家の隣に乱暴者が住んでいるようなもの”ですか?

 ドアに鍵を二つ三つかけるのは当然として、

 もし乱暴者が棒を持って睨んできたら、

 こちらも棒を持つ必要がある……と?」


漱石は呆れつつも、


「例えが下品だが、

 概ね間違ってはいない。」


吾輩が前足を挙げる。


「乱暴者は嫌いである。尻尾が膨らむ。」


◆ 漱石講義④:「国境を越えた砲兵思想」


漱石はホログラムにKrabの内部構造を映し出す。


「ポーランドが提供したKrabは、

 単なる兵器ではない。

 欧州砲兵思想の“結晶”である。」


スライドには、次の三点が映る。


① 精密射撃と迅速移動(Shoot & Scoot)

② NATO規格の弾薬供給

③ ドローン観測との連動


「これこそが、ポーランドが欧州に示した“兵器の哲学”だ。」


吾輩は首をかしげる。


「哲学とは、砲にもあるものなのか?」


漱石は迷わず答えた。


「あるとも。

 砲は国家の思想が鉄となって形を得たものだからだ。」


◆ 最後の質疑:清の一言が講堂を静める


講義が終盤に差し掛かる頃、

清が再び手を挙げた。


「先生……

 ポーランドは、怖くないのでしょうか?」


漱石はしばらく黙り、

その問いの重さを噛みしめるように天井を見上げた。


やがて、静かに答えた。


「怖いとも。

 だが、

 “怖いからこそ守る”という覚悟が、

 この国を支えているのだ。」


ホール全体が沈黙に包まれる。


吾輩でさえ黙り込み、

長い尻尾を身体の下にしまい込んだ。


◆ 結語:ポーランドの砲声は、文明の狭間で鳴り響く


漱石は、砲撃音の残響がまだ耳に残る講堂を見渡した。


「諸君。

 ポーランドのAHS Krabが轟かせる砲声は、

 単にロシア軍に対して向けられたものではない。」


ホログラムに再び赤い国境線が浮かぶ。


「それは“欧州文明を守ろうとする意思”の音であり、

 同時に“歴史の恐怖を忘れないための警鐘”でもある。」


そして、柔らかい声で続けた。


「大砲は暴力の象徴であるが、

 そこに宿る覚悟は、時に文明の支柱ともなる。

 その現実を、我々は直視せねばならぬ。」


吾輩がぽつりと呟く。


「覚悟とは……腹が減っても続けることであろうか。」


漱石、「それは貪欲であって覚悟ではない」とため息をついた。


学生たちが笑い、講堂の空気が少しだけ柔らいだ。


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