第15章 戦車連合とドイツの憂鬱 ― レオパルトとエイブラムス
1. 「豹」を解き放て
「さて、年は明けて2023年。ウクライナの冬は厳しいが、人々の心は熱狂していた。前年にハイマースでロシア軍を追い払った勢いで、『このまま春になれば、クリミア半島まで取り返せるんじゃないか』という期待が膨らんでいたからだ。
だが、そのためには『槍』が必要だった。遠くから石を投げるハイマースだけでは、敵の陣地を占領することはできない。兵士が乗って突撃し、敵の防衛線を強引に突破する『戦車』が不可欠なのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、ドイツ製の戦車『レオパルト2』だ」
野だ: 「レオパルト? 豹ですな。ドイツ製ってことは、ベンツみたいに頑丈で高級なんですかい?」
漱石: 「その通りだ、野だ君。この戦車は欧州の多くの国が持っていて、性能も良く、整備もしやすい。ウクライナにとっては理想的な『槍』だ。
世界中が『ドイツよ、レオパルトをウクライナに送ってやれ』と叫んだ。これを『Free the Leopards(豹を解き放て)』運動という。
ところが、ドイツのショルツ首相は、頑として首を縦に振らなかった。『アメリカがやらないなら、うちもやらない』と駄々をこねたのだ」
坊っちゃん: 「なんだい、意気地がないな! 人が困ってる時に『お前が先に行け』なんて、一番卑怯なやり方だぞ!」
赤シャツ: 「君、そう単純に怒ってはいけませんよ。ドイツにはドイツの『お家の事情』があるんです。
かつてナチス・ドイツの戦車がロシア(ソ連)の大地で何をしたか。歴史の教科書で習ったでしょう? ドイツ製の戦車が再びロシア兵を殺す映像が流れたら、プーチン大統領は『ほら見ろ、またナチスが攻めてきた!』と国民を煽る格好の材料にする。ドイツはそれを恐れたんですよ」
漱石: 「赤シャツ君の言う通りだ。ドイツにとって、それは悪夢のような歴史の再現なのだよ。
だからショルツ首相は、アメリカに向かってこう言った。『アメリカが最新鋭のエイブラムス戦車を出すと言うなら、ドイツもレオパルトを出そう。みんなで渡れば怖くない』とな」
2. 政治的な「呼び水」としてのエイブラムス
「アメリカ軍にとって、これは頭の痛い問題だった。
アメリカの『M1エイブラムス』戦車は、ジェット機と同じガスタービンエンジンを積んでいて、燃費が恐ろしく悪い。整備も難しい。ウクライナの泥濘で使うには不向きだと分かっていた。
しかし、バイデン大統領は決断した。『よし、エイブラムスを31両送る』と。
これは軍事的な意味というより、ドイツの背中を蹴っ飛ばすための政治的な決断だった。『俺も泥をかぶるから、お前も腹をくくれ』というわけだ」
山嵐: 「へえ、さすが親分肌だと言いたいところだが……31両? ロシアは何千両も持ってるんだろ? 桁が二つ足りねえんじゃねえか?」
漱石: 「鋭いな、山嵐君。たった31両では戦局は変わらん。だが、この決断が『呼び水』となって、ドイツもついにレオパルト供与を許可した。イギリスも『チャレンジャー2』を出した。
こうして西側の戦車が続々とウクライナへ送られることになった。これを『戦車連合』と呼ぶ。
しかし――この外交劇に時間を使いすぎた。
『送る』と決めてから実際に届くまで数ヶ月。その間に、ロシア軍は蟻のように勤勉に、ウクライナの土を掘り返していたのだ」
第六章:塹壕の泥とクラスター弾の倫理 ― 2023年の膠着
1. 龍の歯と地雷の海
「2023年6月、満を持してウクライナ軍の『大反転攻勢』が始まった。世界中が、レオパルト戦車がロシア軍を蹴散らす光景を期待した。
だが、現実は残酷だった。
ロシア軍は、前線に『スロヴィキン・ライン』と呼ばれる、歴史上稀に見る強固な防御陣地を築いていたのだ。
三重、四重に掘られた塹壕。戦車の侵入を阻むコンクリートの塊(通称『龍の歯』)。そして何より、見渡す限りの『地雷原』だ」
漱石: 「1平方メートルに5個もの地雷が埋まっている場所もあったそうだ。
最新鋭のレオパルト戦車も、地雷を踏めばキャタピラが切れてただの鉄の箱になる。そこへロシアの武装ヘリが飛んできて、動けない戦車をミサイルで破壊する。
最初の数週間で、ウクライナ軍は多くの兵器と兵士を失い、進撃は数キロで止まってしまった」
野だ: 「せっかくの高級車が、泥沼でパンクしたようなもんですな……」
赤シャツ: 「それが戦争のリアリズムですよ。『ゲームチェンジャー』なんて魔法の杖は存在しない。防御側は常に有利なんです。ハイマースで補給を叩いても、目の前の地雷は消えませんからね」
2. 禁じ手を開く ― クラスター弾の投入
「攻めあぐねるウクライナ軍に、もう一つの危機が迫っていた。『砲弾不足』だ。
毎日数千発も撃ち合えば、アメリカの備蓄も底をつく。工場で作るのも追いつかない。
そこでアメリカは、倉庫の奥に眠っていた『禁断の果実』に手を伸ばした。
『クラスター弾(DPICM)』だ」
うらなり: 「クラスター弾……ニュースで聞きました。空中で爆発して、中から小さな爆弾がたくさんばら撒かれるやつですよね。
でも先生、あれは多くの国で禁止されているはずじゃ……。不発弾が残って、戦争が終わった後に子供が拾って怪我をしたりするから、非人道的だと」
漱石: 「その通りだ、うらなり君。日本もイギリスもドイツも、その『オスロ条約』に加盟して禁止している。だが、アメリカとロシア、そしてウクライナは加盟していない。
アメリカにとっても苦渋の決断だった。バイデン大統領は『非常に難しい決断だった』と語った。
だが、背に腹は代えられない。
『今、弾を送らなければウクライナは負ける。ロシアに占領されたら、地雷どころか拷問や虐殺が行われる。不発弾のリスクと、占領されるリスク、どちらが罪深いか』
アメリカは天秤にかけ、後者の方が重いと判断したのだ」
坊っちゃん: 「俺は頭が悪いから難しいことは分からん! だがな、今そこでのど元にナイフ突きつけられてる奴に、『その武器は行儀が悪いから使うな』なんて説教するのは、偽善ってもんじゃないか?
不発弾が危ないなら、勝った後で死に物狂いで片付けりゃいい。負けたら片付ける人間もいなくなっちまうんだぞ!」
漱石: 「坊っちゃん、君の言葉は乱暴だが、戦場の真理を突いている。
実際、クラスター弾は塹壕に隠れたロシア兵に対しては効果絶大だった。面で制圧できるからな。
だが、これを使ってもなお、ロシアの防衛線を突破することはできなかった。
2023年の反転攻勢は、わずかな村をいくつか取り返しただけで、事実上の『失敗』に終わった。
そして季節はまた冬に向かう。
戦果が出ないことに失望したアメリカ議会で、不穏な空気が漂い始める。
『これ以上金を送っても無駄じゃないか?』という、冷たい風だ。
次の章では、戦場ではなく、ワシントンの議事堂で起きたもう一つの戦争、『予算を巡る茶番劇』について話そう」




