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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第312章 第5章 — 大和、出撃



“華々しさのない”最後の航海のすべて —


■1 《1945年4月6日 午前11時前》


―「静かすぎる出撃」の始まり


南條が戦史ホールの灯りを落とす。

スクリーンには暗灰色の瀬戸内海。

大和の艦影が、ぼんやり霧に沈んでいる。


萌乃はその写真を見た瞬間、思わず呟いた。


「……え。

こんなに……静かに出ていくの……?」


越野が資料をめくりながら答えた。


「そうです。

大和の最後の出撃は、異様なほど静かでした。

軍艦旗掲揚も音楽演奏もなし。

岸壁からの歓声すらない。

完全に“極秘、かつ、死地へ向かう出撃”でした。」


浜田:「映画みたいな盛り上げシーンは一切ないってことかよ……」


雑賀:「むしろ“送ってはいけない出撃”だからね。

大和が出ると知れば、士気に悪影響が出る。」


南條がチョークで黒板に一行を書く。


“大和の出撃は、歓迎されない出撃だった。”


春子は息を呑んだ。


「……それはつまり、

この作戦に意味がなかった、ということですか?」


南條:「結論を先に言えば、

戦略的には無意味、戦術的には自殺、政治的には苦渋の決断。

だが“現場には現場の論理”があった。」


卑弥呼が静かに言う。


「時代に退路を塞がれた者たちは、

しばしば“意味より覚悟”で動くもの。」


■2 《作戦名:天一号作戦・菊水一号》


―“沖縄決戦のため”という建前の下


春子が資料を読み上げる。


「“大和及び第二艦隊は、

沖縄突入後、座礁・泊地化し、

浮き砲台として米艦隊に突撃すべし”」


萌乃:「え……

座礁……?」


雑賀:「そう。帰還を前提としていない。

完全な片道特攻任務。」


浜田:「うわ……

じゃあもう最初から“死ぬ前提”じゃん……」


南條が黒板に作戦図を描く。


・呉 → 四国沖 → 足摺岬沖 → 九州西方 → 針路転換 → 沖縄

(燃料は“片道分のみ”)


春子:「本当に“燃料が足りない”んですか?」


南條:「足りない。

というより、

“帰ってくる前提で配分されていない”。」


鵜川刑事が表情を曇らせる。


「捜査でもよくある……

“生還を考えない任務”は精神が持たんぞ。」


片桐:「指揮官だけの問題じゃない。

乗員3,000人の人生を背負ってるんだ。」


萌乃は震える声で言う。


「そんな作戦、命じる方も正気じゃない……」


卑弥呼:「正気と狂気の境界は、

“国家という巨大な器”の中では曖昧になるものよ。」


■3 《出撃直前:艦内の空気》


―「笑う者」「黙る者」「祈る者」


越野が日記を読み上げる。


「“明朝出撃。

この航海より生きて帰る見込みなし。

しかし艦は静かに、いつも通りに動いている。”」


萌乃:「……うぅ……」


春子:「緊張の中で“日常を装う”という心理ですね。

極限状態では、むしろ普通に振る舞うほうが楽なのです。」


浜田:「俺なら絶対ソワソワするけどな……」


雑賀:「大和の乗員の多くは、

“死を受け入れているのではなく、

考える暇がなかった”んだよ。」


片桐:「強迫的な任務感か……

刑事でもギリギリの現場は“考える前に動く”しかない。」


鵜川:「恐怖が来る前に身体を動かすやつだな。」


卑弥呼:「恐怖は思索から生まれる。

思索を奪われた者は、恐怖からも解放される。」


■4 《出撃:瀬戸内の静かな海》


―大和の“最初で最後の自由航行”


スクリーンに静かな瀬戸内海が映る。


南條:「大和は瀬戸内海を抜ける時、

“もっとも美しい航跡”を残したと言われている。

海は凪。陽光は白く、空は青い。」


萌乃:「そんな……

最後の航海なのに、こんなに穏やかなんて……」


春子:「まるで自然が……

何も知らないかのようですね。」


浜田:「海はいつも通り……

でも艦だけが死に向かってるんだよな……」


越野が静かに言う。


「“大和は瀬戸内海を出ると、

まるで生き物のようにゆっくりと加速した”

という証言があります。」


雑賀:「3,332名を乗せた“鉄の生物”。

最後の息づかいだ。」


卑弥呼:「自然界は、死にゆく巨獣にも静寂を与えるものよ。」


■5 《米軍はすべて把握していた》


―出撃直後から“完全監視下”


片桐が驚く。


「え、もうバレてたのか?」


南條:「バレていたどころではない。

“大和動向は出撃前から察知されていた”。

理由は——」


越野:「・暗号解読(米海軍OP-20-G)

・九州沿岸の電波傍受

・瀬戸内海の航空偵察

・呉の燃料移送量の増加

・通信の急増

これらが組み合わされて判断されています。」


雑賀:「つまり“出た瞬間アウト”だった。」


春子:「出撃はもはや“奇襲”ではなく、

ただの“発見されて沈められる過程”……。」


浜田:「始まる前から詰んでる……」


萌乃:「じゃあ……

大和は“監視されながら死地に向かった”の……?」


卑弥呼が目を細める。


「死にゆく者の足音は、

いつも世界に聞こえているもの。」


■6 《針路転換:九州西方海域へ》


―“帰還不能”が現実になる瞬間


南條が黒板にコースを描く。


「大和艦隊は、

午前5時56分、種子島沖で針路を南へ切る。

この瞬間、全員が理解した。」


雑賀:「“帰れない”とね。」


浜田:「針路ひとつで……

そんなの察するのか……?」


越野:「軍艦の針路は、“命令のメッセージ”です。

乗員は訓練の中で自然に読み取れる。」


春子:「環境の情報を身体化しているんですね。」


片桐:「刑事も長年やってると、

犯人の動きが感覚で読めるようになる。

それと同じだ。」


鵜川:「経験した身体だけがわかる“方向の意味”ってやつだな。」


萌乃は震える声で言った。


「みんな黙ったでしょうね……

誰も言わないけど……

“ああ、本当に終わるんだ”って……」


卑弥呼:「沈黙こそ、最大の言葉。」


■7 《米空母機動部隊、戦闘準備》


―米軍側の“動く描写”


南條は珍しく、米側視点のモノローグを挟んだ。


「米第58任務部隊。

艦載機パイロットはこの日、

“大和の撃沈”が自分たちの役目と知らされていた。」


越野:「パイロットの証言では、

“巨大戦艦を沈めることに興奮と恐怖を感じた”

と語られています。」


雑賀:「興奮と恐怖が同居するのか……」


春子:「“大物を仕留める”という狩猟本能でしょう。」


浜田:「でも、相手は人間3千人なんだぞ……」


片桐:「戦争は数字と目標になる。

そうしないと人間が保てないんだ。」


無機質な滑走甲板の映像。

整列する爆装機・雷撃機・戦闘機。

エンジンの重低音が響く。


卑弥呼:「焼けるような空気の中で、

世界は静かに巨獣の最期を書き始めていた。」


■8 《レーダー警報:午前10時20分》


―“上空の点”が、死の意味を持つ瞬間


南條が黒板に大きく書く。


“10:20 米偵察機接触”


萌乃:「……来た……」


春子:「偵察段階で既に“大和捕捉完了”ですね。」


雑賀:「この時点で、米艦載機隊は発進準備に入る。」


浜田:「まだ攻撃始まってないのに、心臓が痛い……」


片桐:「これが“死刑宣告された船”の状態か……」


鵜川:「止まらん。誰にも止められん。」


越野が追加する。


「当時の海図では、

“大和の周囲には味方空母機がまったくいない”。

完全に孤立です。」


萌乃:「孤独の海……

こんなに広い海なのに……」


卑弥呼:「世界のど真ん中で、

もっとも孤独になる瞬間がある。」


■9 《総括:出撃は“運命の加速”だった》


南條は黒板を見つめたまま、静かに語った。


「大和の出撃は

“戦史上もっとも悲痛な行動の一つ”と言われる。

しかしここまで見た通り、

その悲痛は“悲劇的な作戦”だからではない。」


彼は一人一人を見るように言った。


**“乗員が、誰一人騒がず、声を上げず、


ただ静かに死地へ向かった”

その事実こそが、

大和出撃の本質だ。**


雑賀:「大声も涙もない。

ただ静かな覚悟だけがあった。」


春子:「極限環境での日常が、覚悟を鈍らせることもあった……」


萌乃:「……苦しい……

でも、目をそらしちゃいけない……」


浜田は拳を握る。


「続き、知りたい。

どれだけ悲しくても。」


片桐:「逃げずに見るのは大事だな。

歴史を扱うなら特に。」


鵜川:「事実を知って、初めて意味が見える。」


卑弥呼が最後に言葉を落とす。


「巨獣の影は、

出撃の瞬間から、沈むために伸び始めるの。」


南條が次章のタイトルを書く。


**《第6章:大和、雷撃と爆撃の嵐へ


— 第一波〜第三波の“死の空域”を解剖する —》**


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