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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第310章 第2章呉海軍工廠 ― 巨大戦艦は“こうして”隠されて造られた



■1 《呉湾の朝霧:南條のスライドが描く“建造の影”》


戦史ホールの照明が落ちる。

スクリーンには、薄い朝霧をまとった呉港の写真がゆっくりと浮かび上がった。


灰色の海面、山と海が近い地形。

その狭間に、巨大な影を孕むようにして建造ドックが口を開けている。


南條はスライドリモコンを軽く押しながら言う。


「ここが“世界最大の戦艦”が生まれた場所だ。

呉海軍工廠第一船渠ドック

だが——写真の通り、ここには“屋根”がある。」


萌乃がすぐに反応した。


「えっ、ドックに屋根?なんで?」


南條は口元だけで笑った。


「当然、隠すためだ。

昭和16年当時、あれほど巨大な船を建造しているなんて、

世界に知られてはならなかった。」


越野が手元の資料をめくりながら続ける。


「当時の軍令部通達:

“第一船渠上空の視認遮蔽を徹底すること”

これがすべてを物語っています。」


浜田が手を挙げる。


「もしかして……スパイとか偵察機対策?」


南條:「そう。

米英は日本の造艦能力を警戒していた。

“とんでもないモンスターを作っている可能性”を疑っていた。

だから呉は徹底的に覆った。」


スクリーンに次のスライド。

巨大ドックにかぶせられた、奇妙な骨組み。


萌乃:「なんか……倉庫みたい……?」


雑賀:「でも、あれを支えるだけで莫大な鉄材と工期が必要だよね。」


春子が冷静に解説する。


「つまり、建造物に“カモフラージュを建造するコスト”まで上乗せされているという……

現代のプロジェクト管理なら、即刻赤字案件ですね。」


片桐がぼそっと言う。


「隠蔽のための隠蔽……。

事件を隠そうとして、隠す作業のほうが目立つやつだ。」


鵜川:「わかる。“隠そうとする努力”は、だいたいバレる。」


南條は頷いた。


「だが、この隠蔽は成功した。

米側は大和級の存在と大きさを、開戦後もしばらく掴めなかった。」


卑弥呼が、うっすら笑みを浮かべる。


「“大きなものほど、影を大きくしない”と気づいたのね。」


■2 《南條:建造の基礎—巨大船体はこうして組み上がる》


スクリーンに切り替わるのは、

まだ骨しかない巨大船体の写真。


南條がゆっくり説明を始める。


「大和の船体は“縦肋骨構造”。

大型船舶に使われる一般的な骨組み方式だ。

ここに、縦方向の強度材キールが走り、

その上に無数の横骨材フレームが張り付く。」


彼は空中に即席の船体断面を描くように指を動かした。


「大和級は、とにかく“縦方向の強度”を重視した。

なぜなら——」


雑賀:「重すぎるからだね。」


南條は笑いながら続ける。


「その通り。

総装甲重量は約2万トン。

船体にかかる“縦曲げモーメント”は、戦艦としても異常なレベルになる。」


萌乃がペンを止める。


「縦……なんだって?」


春子が横から助け舟を出す。


「“船が波の上に乗った時、真ん中が折れそうになる力”ですよ。」


萌乃:「ああ、なるほど……」


片桐:「つまり、“デカすぎて自重で折れかねない船”ということか。」


南條:「本当に折れかねない。

だから強度構造は常軌を逸している。」


スクリーンがズームインし、船体内部の巨大なビームの写真が映る。


浜田が思わず言う。


「てか……工場っていうより、ビル建ててるみたいだな。」


「実際、“浮かべるビル”だからな。」


雑賀が冷静に返す。


■3 《装甲を“構造材にしてしまう”という暴挙》


南條は次のスライドを出す。


黒い金属が層状に積み重なる、装甲板の写真だ。


「ここが大和の設計の特殊性。

装甲を“船体構造の一部”として使っている。」


春子が眉を上げた。


「それは……大胆というか、危険な気がしますが。」


雑賀:

「理屈はわかる。

船体を強くしつつ装甲も兼用できるなら、重量を節約できる。

でも問題は——」


南條:「その通り。“破壊時の一体化ダメージ”だ。


装甲がそのまま縦通材になっているので、

一度そこに大きな凹みや破断が起きると、

装甲も、骨組みも、同時に失われる。」


片桐:「事件現場でいうと……

“壁のように強固な金庫”だけど、

ヒビ一つ入れば家ごと崩れる建物みたいなものか。」


鵜川:「そりゃヤバいな。」


南條:「大和は実際、

坊ノ岬沖で“装甲帯下部の弱点”から浸水が進み、

致命的な傾斜を食らった。」


萌乃がぞくっとする。


「まだ第2章なのに……

すでに“死に場所”が見えてくるの、つらい……」


卑弥呼が静かに言う。


「誕生の瞬間から、死に至る道は描かれている。

すべての巨大物はそうよ。」


■4 《工廠の人々:技師、溶接工、リベット工、そして“鉄の匠”たち》


南條のスライドは、工廠の作業員の写真へ切り替わる。


海軍服でも軍帽でもない。

作業着に身を包んだ男たちの背中。


「これが“大和を作った人たち”だ。」


越野が資料から一節を読み上げる。


「“我々は、国家の威信を鋼鉄に込めている。

この船は、世界のどこにも負けぬ”」


春子が小さく呟く。


「現場の人たちの情熱は、本物ですね……。」


南條:「その通り。

A-140計画が“幻想”だとしても、

工廠の技師たちの努力は“現実”だ。


— さて、次は技術だ。」


スライドが切り替わる。

リベットの山。

溶接トーチの青い炎。

巨大な鋼板を吊り上げるクレーン。


「大和建造には、

溶接とリベットが混在して使われた。」


春子:「部分的に古い技術が残っている……?」


南條:「というより、“それしかできなかった”というのが実態に近い。


大和級の船体規模では、

当時の日本の溶接技術ではすべてを溶接できない。」


雑賀:「溶接は強いけど、欠陥があると壊れやすいからね。

品質管理ができていない時代は危険だ。」


浜田:「じゃあリベットって、結局“昔ながらの釘打ち”ってこと?」


春子:「もっと専門的な技術です。

数万回の打ち込みで巨大な船体を締め上げるんです。」


片桐:「つまり、地道な職人技の積み上げだな。」


南條:「その通り。」


卑弥呼:「巨大な神話は、無数の小さな手によって作られるものよ。」


■5 《1,100以上の水密区画—“生き延びるための迷宮”》


スライドに、艦内の断面図が映る。


萌乃:「ひゃ……まるで地下迷宮みたい……!」


南條はその図を指しながら言った。


「大和には 1,100以上の区画がある。

そのほとんどが“水密区画”だ。」


浜田:「そんなに?

なんで?」


南條:「理由は簡単。

巨大すぎて、一度浸水すると止まらなくなるからだ。」


雑賀:「つまり、どこか一つ壊れても全体が助かるように“細かく区切る”ってことだね。」


春子:「でも、それって内部移動が大変なのでは?」


南條:「その通り。

戦闘中、水密扉が閉まれば、

内部は乗員でも自由に移動できない“牢獄”に近い。」


片桐が言う。


「事件でもあるな……

“安全のため”が“閉じ込める”結果になる皮肉。」


萌乃が息を呑む。


「じゃあ、沈む時は……

その水密区画の中に……?」


誰も言葉を返さない。


ただ卑弥呼だけが、目を閉じて言った。


「迷宮は、人を守り、人を閉じ込め、人を呑み込む。

巨大な船とは、そういう存在。」


■6 《機関部:150,000馬力を生む“四つの心臓”》


スクリーンに巨大なタービンの写真が映る。


「大和の推進力は約150,000馬力。

4基の蒸気タービン、12基のボイラーが生み出している。」


浜田が感嘆する。


「15万馬力!?俺の原チャの……何倍?」


雑賀が計算して即答。


「お前の原付が7馬力として……

約2万倍だな。」


浜田:「化け物かよ!!」


片桐が冷静に返す。


「その“化け物”を動かすための燃料は?」


南條:「大量だ。

燃料不足の1944年以降、大和は“動けない巨人”になった。」


春子:「推進システムが優秀でも、燃料がなければ……」


卑弥呼:「心臓はあっても、血がなければ動けない。」


■7 《総括:大和の建造は“国家的総力の極致”だった》


南條はスライドを消し、講義室の中央に戻った。


「大和は確かに“戦略的誤り”を内包している。

だが、その建造過程は

当時の日本が持てる技術・資源・工匠精神の極致だった。」


越野が静かに付け加える。


「工廠の記録には、

“この艦を造るために、己の人生を費やした”

と書いた作業員もいます。」


萌乃が小さく呟く。


「この船は……“誇り”と“無茶”の両方で造られたんですね。」


雑賀:「だからこそ、構造と運命の分析が価値を持つ。」


春子:「設計の思想が、最期にどう現れるのか……」


片桐:「つまり、第3章からが本番だな。」


浜田:「来るぞ……“46センチ砲”!!」


北南都:「大和の“力”と“弱さ”が一番浮き彫りになる章ですね。」


卑弥呼だけが、静かに言葉を落とす。


「巨大な心臓、巨大な骨格、そして巨大な影。

そのすべては、後に巨大な音を立てて崩れるためにあったのかもしれない。」


南條は黒板に書いた。


《次章:第3章 46センチ砲と“大和の牙”》


「ここまでが第2章だ。

次は、大和という怪物の“武器”を解剖する。」


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