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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第309章 《新寺子屋:戦艦大和講義篇 第1章本編》


■1 《開講:黒板に書かれた一文字》


新寺子屋・戦史ホール。

薄く青みがかったLEDライトが天井で静かに震えている。

中央の演台に、いつもの黒いパーカー姿の南條が立った。


彼は、何も言わず黒板に白いチョークで一文字を書いた。


「大和」


チョークの粉が静かに舞う。その瞬間、部屋の温度が一段低くなったように感じた。


浜田深尾が、さっそく椅子をギシギシ言わせながら囁く。


「……出た。ロマンの塊。」


隣の北南都が苦笑する。


「ロマンなんだけどね……でも“悲劇”という言葉が真っ先に浮かぶのは私だけ?」


雑賀壮平は腕を組み、黒板の文字を真っ直ぐ見据える。


「悲劇というより、構造的破綻の結果だと思うけど。」


「壮平くんはすぐそれ言う!」と東野園萌乃。


萌乃は“少し背伸びした知識”をまといながらも、戦艦という言葉に子どものような好奇心も隠せない。


最後列で、刑事コンビ——鵜川大作と片桐一雄が、静かに沈黙している。


そして最前列の端では、真方卑弥呼が、まるで黒板の向こうに“別の世界の船影”を見ているかのように目を細めていた。


南條は、一呼吸置いて語り始める。


■2 《南條:戦艦大和とは“戦略的幻想”の結晶である》


「さて——。

今日のテーマは、“世界最大の戦艦の誕生”だ。」


南條はチョークを置き、両手を広げる。


「結論から言う。

大和は“時代遅れの未来兵器”として設計された。

これは全く矛盾しない。むしろ本質なんだ。」


萌乃が首をかしげる。


「“未来兵器”なのに“時代遅れ”?

えっと……形容矛盾みたいです。」


「違う。

未来を先取りしようとしたがゆえに、“現実の戦争の変化”を読み違えた……という意味だ。」


雑賀が補足する。


「つまり、“戦争のアルゴリズム”が変わる前提を誤認した。」


南條は頷き、ゆっくり話を続けた。


■3 《講義:ワシントン・ロンドン条約の崩壊と“質で量に勝つ”発想》


「1930年代、日本はアメリカとの造艦競争で完全に劣勢だった。

生産力、造船技術、資源。どれをとっても日本はアメリカに勝てない。


——そこで日本海軍は考えた。」


南條は黒板に新しい語を書いた。


“質の暴力”


「アメリカが10隻作るなら、日本は1隻で10隻分と戦える“怪物”を作ればいい。

そういう発想だ。」


浜田が目を輝かせる。


「それそれ!

“漢のロマン”ってやつじゃん!」


片桐がため息をついた。


「ロマンで国家戦略を語ってはいけない。事件でもそうだが、

“願望”を前提にした計画は必ず破綻する。」


鵜川がうんうんとうなずく。


「現場的には、“根拠薄い過信”ほど危険なものはない。」


春子が淡々と補足する。


「量的劣勢を質で覆そうとする計画は、現代でもよく“赤字プロジェクト”になります。」


南條が笑う。


「まさにそれだ。

そこで日本海軍が作ったのが——」


黒板に大きく書かれる。


A-140計画


■4 《A-140計画:世界最大戦艦の“試案”が生まれるまで》


「A-140とは、“46cm主砲を積む超戦艦群”の試案の総称だ。

A-140-A、B、C、D……という具合に、多数の案が検討された。


共通の思想は一つ。」


南條は指を一本立てた。


「『敵戦艦をアウトレンジで撃破する』

これだけ。」


雑賀が補足する。


「アウトレンジとは“敵の射程より遠くから撃てる”という意味。

戦闘距離が長ければ、受けるダメージの期待値が下がる。」


萌乃がメモを取る。


「つまり……“遠くから一方的に殴る”ってこと?」


「そうだ。

そのための手段が——」


再び黒板に書かれる。


46cm/45口径九四式主砲


「世界最大級の主砲だ。

砲身21m、砲弾1.46トン。

最大射程は約42km。」


浜田のテンションが跳ね上がる。


「42km!?

市街地から観覧車見えるどころじゃねぇ!!」


片桐が冷静に言う。


「ただし、その距離で当たるかどうかは別問題だろ。」


「そのとおり。」と南條。


「当たらない。“当たると信じていた”のだ。」


真方卑弥呼が、静かに口を開く。


「“信仰”は技術を強くするけれど、同時に曇らせもする。

船はその曇りの中で設計された。」


■5 《南條:装甲と火力の“集中最適化”という罠》


南條は大和の装甲図を黒板に言葉で描き始めた。


「大和の装甲帯は最大410mm。

砲塔前面は650mmにも達する。


——だが。」


その口調が少し重くなる。


「これは“局所的最適化”なんだ。

主砲戦にだけ最適化され、

それ以外への耐性——特に航空攻撃や魚雷——は十分ではない。」


雑賀が冷静に言う。


「“装甲と砲だけ強化したモンスター”……。

システムとしての総合最適化ではない。」


南條は、笑みのない笑いを浮かべる。


「雑賀の言う通りだ。

当時の海軍は、“艦隊決戦”という古い枠組みに囚われていた。


だから装甲の配置も、

“砲弾”にしか最適化されていない。」


萌乃が手を挙げる。


「でも……実際の戦争は、航空機の時代に……?」


「そう。」南條が頷く。


「大和が設計されている間に、

戦争は“航空決戦”にシフトしていた。」


卑弥呼が、まるで遠い海図を見るように呟く。


「時代は、船が生まれる前に船を追い越したの。」


■6 《講義:なぜ海軍は“未来の戦争”を読み誤ったのか》


南條がチョークを置き、ゆっくり生徒たちを見渡した。


「これは大和だけの問題じゃない。

“組織の認知バイアス”の教科書的事例だ。」


そして四つの要因を黒板に書く。

1.過去の成功体験(日本海海戦の呪縛)

2.技術リソースの偏り(砲術至上主義)

3.組織文化(航空主力化を嫌う保守派の抵抗)

4.情報非公開(正確な米国の工業力を把握していない)


鵜川が、「なるほどな」と唸る。


「事件でもあるんだよ。

“犯人の手口はこうだ”と先入観固定して、

別の証拠が見えてないパターン。」


片桐も頷く。


「“過去の成功から抜け出せない”のは、

組織が老いた証拠だ。」


北南都が静かに言う。


「じゃあ……大和は、

“過去の亡霊”を体現した船なんですか?」


南條は、その問いを肯定も否定もしない表情で少しだけ間を置いた。


「……ある意味では、そうだ。

だが、同時に“技術者たちの情熱の結晶”でもある。」


越野が、手元の資料を整えながら言う。


「当時の工廠技師の記録には、

“世界最強の船を造る”という気迫が満ちていました。」


萌乃が、胸の前で手をぎゅっと握る。


「じゃあ……失敗だけの物語じゃないんですね。」


卑弥呼が静かに微笑む。


「人間はいつも、失敗と奇跡の間で生きている。

戦艦も、例外じゃない。」


■7 《第1章の核心:大和は“幻想の戦略”と“リアルな技術”の継ぎ目に生まれた》


南條が講義の総括に入る。


「大和は、

“戦略的幻想”の上に、

“最高の工学技術”を積み上げた矛盾体だ。」


黒板に再び「大和」と大きく書き足す。


「だからこそ、この船を理解するには

“政治”“戦略”“工学”“人間心理”の

すべてを見なければいけない。


今日はその“入り口”だ。」



萌乃:「入り口……?」


南條:「そう。

次の章では——」


照明が少し落ち、スライドに呉海軍工廠の巨大な陰影が映る。


「“どうやって、この怪物が造られたか”

そこに踏み込む。」


浜田:「キタ……“工廠ロマン”!」


片桐:「ロマンではない。現場の地獄だろ。」


北南都:「でも見たいですよね。

どんなふうにこの“神話”が形になったか。」


卑弥呼が一言だけ呟く。


「——神話は、いつも巨大な影から始まる。」


南條が手を叩いた。


「第1章、ここまで。

次は第2章《呉海軍工廠・秘密のドック》へ進む。」


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