表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3395/3586

第291章 第8章:対潜哨戒機の罠(Death from Above)


『深淵の交戦規定』


【軍事航空戦術解説:MAD(磁気探知機)狩り】

> (元P-3C戦術航空士(TACCO) ジェイムズ・"ホークアイ"・ミラーの証言)


> 「ソノブイで大まかな位置を特定したら、最後は『MADマッド』の出番だ。

> 機体のお尻から突き出た長い棒、あれが磁気探知機だ。地球の磁場を乱す巨大な鉄の塊――つまり潜水艦の直上を通過した時だけ反応する。

> これを使うには、海面スレスレ、高度200フィート(約60m)まで降りなきゃならない。嵐の北大西洋で、波頭を掠めながら、見えない敵の真上を飛ぶ。

> パイロットにとっては度胸試しだが、潜水艦にとっては死刑宣告だ。MADが反応した瞬間、魚雷を落とせば百発百中だからな。

> ……だが、相手がただ逃げ回るだけの標的だと思っていたのが間違いだった」

>



1985年11月13日 12:45(ズールー時間)

グリーンランド海 氷縁地帯(Marginal Ice Zone)

P-3C オライオン "ランサー05"

高度: 1,000フィート 天候: 猛吹雪


視界不良ゼロ・ヴィジ海面状況シー・ステート5。波高は荒いぞ」

機長のドネリー大尉は、ワイパーが激しく動くコックピットで操縦桿を握りしめていた。横殴りの雪がフロントガラスを叩きつけている。

「TACCO、ブイの感度は?」

「良好です」ジェンキンス中尉がコンソールを見つめる。「アクティブ・バリアー(阻止線)に反応あり。目標2つ。大型艦と……護衛です。南へ急行中」

「よし、追い込むぞ」ドネリーは機内通話(ICS)で指示を出した。「『マッドマン(MAD探知)』コースに入る。高度300まで降下。魚雷ベイ、ドア開放。Mk46、1番と2番を選択」


「了解。ベイ・ドア・オープン」

機体は重苦しい雲を突き抜け、荒れ狂う海面へと降下した。

波しぶきが機体を洗うほどの低空飛行。

「TACCO、誘導頼む」

「アイ・サー。目標への推定到着時間、30秒。……待ってください、護衛艦ヴィクターの動きがおかしい」

ジェンキンスの声が鋭くなる。「奴さん、減速しています。浮上してきます!」

「浮上? この嵐の中でか?」

通常、攻撃を受ける潜水艦は深く潜って逃げるものだ。わざわざ敵の目の前に姿を晒すなど自殺行為に近い。


「潜望鏡深度(PD)……いえ、完全に露出しました! セイル(艦橋)が海面に出ています! 距離1マイル、時計の10時方向!」

副パイロットが叫ぶ。「目視確認(Tally ho)! 黒いセイルだ! 氷のポリニアに浮いています!」

「降伏か?」ドネリーが眉をひそめたその時だった。



ソ連海軍 攻撃型原潜 ヴィクターIII K-324


海面

激しく揺れる艦橋セイルの頂部ハッチから、一人の水兵が身を乗り出した。

極寒の暴風雪の中、彼は凍りついた手摺りに体を固定し、肩に担いだ円筒形の兵器を空に向けた。

9K34「ストレラ-3」(NATOコード:SA-N-8 グレムリン)。

歩兵携行式の地対空ミサイルである。

本来、潜水艦に対空兵器は搭載されないが、スペツナズ(特殊部隊)や一部の北方艦隊艦艇には、ヘリコプター対策として実験的に配備されていた。


「敵機、接近! 距離1,500メートル!」

艦内のヴォルコフ艦長が叫ぶ。「撃て! 叩き落とせ!」

水兵は、吹雪の向こうから迫る4発エンジンの怪物に照準を合わせた。P-3Cのエンジンの排熱(IR)が、シーカーのロックオン音を鳴り響かせる。

シュゴォォォォォッ!

P-3C オライオン "ランサー05"

「ミサイル発射! 9時方向!」


後方監視員オブザーバーの絶叫が響いた。

「なっ!?」

ドネリーは反射的に操縦桿を右一杯に倒し、スロットルを叩き込んだ。「フレア(赤外線欺瞞弾)放出! ブレイク・ライト(右へ急旋回)!」

機体が悲鳴を上げて傾く。

翼の下からマグネシウムの火の玉が次々と放出され、白い雪空に花火のような軌跡を描く。

一筋の白煙がフレアの熱源に吸い寄せられ、機体の左翼後方で爆発した。

ドォォン!


被弾ヒット! 第1エンジン火災!」

警報音が鳴り響く。「消火装置作動! プロペラ、フェザー(風車状態)にしろ!」

機体は大きくバランスを崩し、海面へ向かってスライドしていく。

「高度低下! 200フィート! 150!」

「引けぇぇッ!」

ドネリーと副パイロットが二人掛かりで操縦桿を引く。機体は波頭を数メートルかすめ、辛うじて上昇に転じた。

「クソッタレ! 潜水艦に撃たれただと!?」

ドネリーは冷や汗まみれで叫んだ。「司令部に報告! 『潜水艦より対空射撃あり。これより離脱し、緊急着陸を要請する』。……畜生、取り逃がした!」

傷ついたP-3Cは黒煙を引きながら、雲の中へと逃げ去っていった。



1985年11月13日 13:00

北極海・海中

USS Cheyenne


「遠距離で爆発音! 空中です!」

ソナー室のハルゼーが報告する。「続いて、航空機のエンジン音が不安定になり、遠ざかっていきます」

発令所に沈黙が落ちた。

P-3Cが撃退された。それは、空からの支援ハンマーが失われたことを意味する。


「ヴィクターが対空ミサイルを使ったな」

ライアン艦長は、怒りを押し殺した低い声で言った。「奴らはあらゆる手を使ってタイフーンを守り抜く気だ」

「空の目がなくなりました。タイフーンは再び自由です」副長が焦る。「艦長、奴らはこのままGIUKギャップを抜けてしまいます」

「いいや、抜かせない」

ライアンは海図台を叩いた。

「P-3Cは役目を果たした。奴らを『焦らせた』んだ。

空からの攻撃を恐れたヴィクターとタイフーンは、最短ルートで深海へ逃げ込もうとするだろう。


つまり、我々が先回りしている『悪魔の喉笛(Devil's Throat)』の出口こそが、奴らの唯一の通過点になる」

彼はモニターに映る複雑な海底地形図を見つめた。

「機関、全速を維持。海溝を抜けるまであと15分。

そこで待ち伏せる。

今度こそ、一対一ワン・オン・ワンの決闘だ」



【ドキュメンタリー:戦場の霧】

(軍事評論家 アレクセイ・ボロディンの解説)


「潜水艦が航空機を撃墜する。これは海戦史における特異点シンギュラリティでした。

通常、潜水艦は飛行機を見たら潜るものです。しかし、あの日のヴィクター艦長、ヴォルコフは違った。彼は『狩られる者』の立場を拒否し、『狩る者』に噛み付いた。

この予期せぬ反撃によって、米軍の包囲網には致命的な穴が開きました。

そして、その穴を塞げるのは、現場に急行していたたった一隻の潜水艦、Cheyenne だけとなってしまったのです。

舞台は整いました。空の邪魔者は消え、氷も消え、広大な北大西洋の入り口で、米ソ最強の原潜同士が正面から激突することになったのです」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ