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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第284章 北大西洋の荒波と、オホーツクの流氷の下に思いを馳せる


ナレーション(野本)

野本ともうします。

埼玉にある大学の文学部に通っています。

趣味は読書と、軍事戦史の深層を探ること。

最近は、北大西洋の荒波と、オホーツクの流氷の下に思いを馳せています。


第1話「ファミレスと鉄の棺桶」

場所: ファミレス「ジョリ」・バックヤード

登場人物: 野本、富山、亀山


(休憩中。野本、分厚い資料の束を真剣な眼差しで読んでいる)

富山

ねえ野本さん、さっきから怖い顔して何読んでるの? シフト表?


野本

いいえ、富山さん。これは1943年11月、北大西洋におけるドイツ海軍Uボート「U-447」とイギリス駆逐艦「ヴァンガード」の交戦記録……の、脳内シミュレーション・プロットです。


亀山

あらやだ、また難しそうなこと。戦争のお話?


野本

はい。ですが、ただのドンパチではありません。これは「技術」と「物理法則」の闘いです。亀山さん、想像してみてください。鉄の棺桶に閉じ込められ、頭上からドラム缶のような爆雷が降ってくる恐怖を。


富山

えー、絶対やだ。


野本

当時のUボート、VII-C型は非常に居住性が劣悪でした。艦内はディーゼル油とカビ、そして男たちの汗と腐った食料の臭いで充満しています。亀山さんの家の冷蔵庫の奥底のような状態です。


亀山

ちょっと、失礼ね! うちの冷蔵庫は綺麗よ!


野本

失礼しました。あくまで比喩です。

……さて、物語は「エア・ギャップ(航空援護空白地帯)」で始まります。充電中のUボートが、最新のセンチメートル波レーダーを持つ駆逐艦に捕捉される。ここでのポイントは、ドイツ側の逆探知機「メトックス」が、敵のレーダーに反応しなかったという技術的敗北です


富山

ふーん。で、見つかっちゃってどうするの?


野本

「アラーム(急速潜航)!」です。

40秒で海面から消えなければ死にます。しかし、潜った後も地獄です。駆逐艦は「ASDICアクティブ・ソナー」で執拗に追ってきます。「ピン……ピン……」という音が、死神の足音のように聞こえるのです。


亀山

嫌だわぁ。隠れんぼで見つかる寸前みたいな感じ?


野本

レベルが違います。見つかったら「ヘッジホッグ」という対潜迫撃砲が降ってきます。これは直撃しないと爆発しないため、ソナーを乱さずに連続攻撃ができる、非常に合理的かつ残酷な兵器です。

作中でU-447は、この至近弾を受け、リベットが悲鳴を上げ、配管から海水が噴き出します。海水がバッテリーに届けば塩素ガスが発生し、全員中毒死です。


富山

うわ、ガチで怖い話じゃん……。野本さん、それ読んでて楽しいの?


野本

「楽しい」という感情とは少し違いますね。極限状態における人間と機械の限界値クリティカル・ポイントに、知的な興奮を覚えるのです。

特に、艦長ヴェルナー大尉がとった「サーモクライン(変温層)」を利用した回避行動。水温差で音波が屈折する壁の下に滑り込み、さらに化学反応で気泡を作る「ボールド」という囮を使って逃げ延びる。この知恵比べこそが、戦いの本質です。


亀山

へぇ~、昔の人も頭使ってたのねぇ。


野本

はい。ですが、最後は酸素欠乏との戦いです。CO2濃度が上がり、マッチの火もつかない中で、夜明けと共に決死の浮上をする。……そこで彼らが見たのは、燃料切れで去っていく駆逐艦の姿でした。撃ち合わずに終わる結末。そこに「無常」を感じませんか?


富山

(スマホいじりながら)うん、無常だね。てか休憩終わるよ。


野本

……はい。現実は非情です。



第2話「キャンパスとリチウムの心臓」

場所: 大学の講義室

登場人物: 野本、山田、重子


(講義終わり。野本、黒板に潜水艦の図を描いている)

山田

野本、お前何やってんの? 次の授業始まるぞ。


野本

山田さん、重子さん。

先ほどは第二次大戦の話をしましたが、現代、つまり202X年の海戦は、まったく別次元の「静寂」に支配されていることを知っていますか?


重子

知らないし、興味ないかな~。あたし、タピオカ飲みに行きたい。


野本

タピオカもいいですが、「オホーツクの沈黙」も味わい深いですよ。

現代の主役は、海上自衛隊の最新鋭潜水艦『らいげい』。リチウムイオン電池を搭載した怪物です。


山田

リチウムイオンって、スマホとかに入ってるやつ?


野本

その通りです。ですが規模が違います。

かつての潜水艦は、バッテリー充電のためにエンジンを回す必要があり、それが弱点でした。しかし『らいげい』は、エンジンの轟音を立てず、深海で数週間、無音で潜み続けることができます。WWIIが「聴診器で心音を聞く戦い」なら、現代は「オーケストラの中でバイオリンの弦の擦れる音を解析する戦い」です。


重子

なんか詩的じゃん。で、何と戦うの?


野本

ロシアのウダロイII級駆逐艦です。

オホーツク海の流氷の下、ポセイドン派生型UUVのデータを収集する『らいげい』に対し、ロシア艦は「バイスタティック・ソナー」を仕掛けてきます。ヘリコプターが音を出し、駆逐艦が聞く。立体的な包囲網です。


山田

へえ、ハイテクだな。で、ミサイルとか撃ち合うわけ?


野本

いいえ。現代戦において、先に撃った方は「国際政治的な敗北」を意味します。だからロシア艦長ヴォルコフは、RBU-6000という対潜ロケットを『らいげい』の進路前方に撃ち込みました。


重子

え、撃ってんじゃん。


野本

「警告射撃」です。爆音と気泡でソナーを潰し、恐怖で浮上させるのが狙いです。

これに対し、海自の工藤艦長は沈黙を守り、自走式デコイ(MOD)を放ちました。音紋を模倣して敵を欺く、ハイテクな囮です。しかし、これが裏目に出ます。ロシア側はデコイの発射音を「魚雷攻撃」と誤認し、ついに実弾のUGST魚雷を発射してしまうのです。


山田

うわ、ヤバいじゃん。戦争開始?


野本

ここからが、私が最も興奮する「ハード・キル」のシークエンスです。

工藤艦長は、敵艦ではなく、迫りくる敵魚雷を撃ち落とすために18式魚雷を発射しました。時速180キロで接近する弾丸を、弾丸で撃ち落とす神業。

一方、ロシア艦も「Paket-E/NK」という迎撃魚雷を発射し、海自のデコイを破壊します。


重子

なんかすごいね。魚雷が魚雷を落とす時代なんだ。


野本

そうです。深海で交錯する4本の魚雷とデコイ。シリコンとアルゴリズムの殴り合い。結果、双方が「決定打」を失い、膠着状態に陥ります。

この、ギリギリのバランスの上で成り立つ平和。これが現代の「グレーゾーン事態」なのです。


山田

……お前、なんでそんなに詳しいんだよ。防衛大行けばよかったのに。


野本

私はあくまで、文学的な側面から「鉄の意思」を観察したいだけですので。



第3話「暇つぶしサークルと氷の境界線」

場所: サークル部室

登場人物: 野本、小宮部長、橋本副部長


(薄暗い部室。小宮部長は粘土をこねており、橋本副部長はギターを爪弾いている)

小宮部長

野本くん。君が書いてきたこの「オホーツクの沈黙」のラストシーン……。

僕はね、この情景描写に、ある種の「美大受験に失敗した時に見た雪景色」に通じる寂寥感せきりょうかんを感じるよ。


野本

ありがとうございます、小宮部長。

このラストシーンは、政治と現場のプロフェッショナリズムが交差する、極めて重要な場面です。


橋本副部長

俺はさ、このロシア艦長の「砲を向けるなよ。彼らは挨拶に来ただけだ」ってセリフ、震えたね。ハードボイルドだよね。


野本

はい。お互いに魚雷を撃ち合い、殺し合う寸前まで行った者同士にしか分からない連帯感です。

政府からは「演習終了、撤収せよ」という命令が下り、現場は命拾いしました。

『らいげい』の工藤艦長は、あえて浮上し、アクティブ・ソナーで「ピン……ピン……ピン……」と3回だけ打ちます。


小宮部長

この3回の音。これが芸術だね。

モールス信号のような意味を持たず、しかし「Good Game」とも「Farewell」とも取れる、抽象的な音響のコミュニケーション。

かつての敵艦、ウダロイ級駆逐艦の無骨なシルエットと、最新鋭の『らいげい』の滑らかな吸音タイルの黒い船体。朝日に照らされたその対比。……絵になるなぁ。


野本

部長の芸術的感性でも捉えきれないほど、現代兵器の機能美は洗練されています。

『らいげい』の船体は、流体ノイズを極限まで減らすために設計されています。それは、美しさのためではなく、生存のための形状です。


橋本副部長

でもさ、結局、世間的には「何もなかった」ことになるんだろ? ニュースでは「演習終了」としか報じられない


野本

ええ、橋本副部長。それが「サブマリン(水の下)」の宿命です。

数百メートルの深海で、人類最高峰の科学技術と、指揮官たちの精神力が激突しても、水面には波紋一つ残りません。

記録に残らない歴史。誰にも知られずに国を守り、去っていく背中。

私はそこに、えも言われぬ「尊さ」を感じてやまないのです。


小宮部長

うん……。野本くん。

僕たち「暇つぶしサークル」も、誰にも知られずに無為な時間を過ごしている点では、潜水艦に近いかもしれないね


野本

……部長。

それはさすがに、命を削って任務に就いている自衛官の方々に失礼かと存じます。


小宮部長

あ、そう? ごめん。


橋本副部長

(ギターで「Das Boot」のテーマのような重い曲を弾き始める)


野本

(それをBGMに)

リチウムの心臓を持つ潜水艦と、暇を持て余す大学生。

どちらも現代社会の深層に潜んでいるという点では、同じ「異物」なのかもしれません。

……いや、やっぱり違いますね。訂正します。



エピローグ

場所: ファミレス「ジョリーズ」・店内

登場人物: 野本、富山


(客席でまかないを食べている二人)

富山

で、結局どっちが強かったの? 昔のUボートと、今の潜水艦。


野本

ナンセンスな質問ですね、富山さん。

Uボートの乗員たちは、技術的な劣勢を「勇気」と「技量」でカバーしようとしました。

現代の潜水艦乗りたちは、高度すぎる技術を「理性」と「交戦規定(ROE)」で制御しようとしています。

戦っている相手が違うのです。前者は「敵」と、後者は「破滅」と戦っているのです。


富山

ふーん……。よく分かんないけど、野本さんが楽しそうでよかったよ。

あ、ドリンクバー行ってくるけど、野本さん何がいい?


野本

では、深海の水圧をイメージして、強炭酸水をお願いします。


富山

了解ー。


ナレーション(野本)

野本ともうします。

私の日常は平和です。

ですが、世界のどこかの海の下では、今も誰かが息を潜め、ソナーの音に耳を澄ませている。

そう思うと、炭酸の泡一つにも、愛おしさを感じてしまうのです。


……うそです。ただ喉が渇いただけです。

(野本、眼鏡の位置を指で直し、教科書に戻る)

(終)


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