第265章 〜暇つぶしサークル “特別講義・戦艦ビスマルク回”〜
◆《会話劇:ビスマルク建造から撃沈まで》
【部室:夕方。机にはお菓子と歴史資料。雨音が静かに響いている】
野本(資料束を慎重に並べながら):
「……じゃあ、今日は言った通り、戦艦ビスマルクの建造から沈没まで、全部通して話す回にします。
ちゃんと史実に沿って……真面目に。」
富山(コーヒー飲みながら):
「いや、野本さん、あなたが“真面目に”って言うと逆に不安なんだけど……。
でもビスマルクは興味ある。映画とかより、本当の経緯が知りたい。」
亀山(腕組みしながら):
「私は名前だけ知ってるわ。すごく大きい戦艦でしょ? フッドを沈めたやつ。」
小宮部長(眼鏡を押し上げながら):
「せっかくなら、建造背景から撃沈まで、政治・技術・海戦の流れ全部押さえましょう。
“戦艦という巨大兵器がどんなロジックで生まれ、どう死んだか”を理解するのは価値あるわ。」
橋本副部長(ノートパソコンを構えつつ):
「僕は図を出す係をやります。
ビスマルクの断面図も作ってきたので、話の途中でスクリーンに映します。」
重子(読書していたが顔を上げて):
「戦艦…って、実際に乗っていた兵士の生活とかはどうだったんですか?
そこも気になります。」
山田(真剣な表情で):
「俺は“追撃戦の心理”に興味ある。
片方は逃げ、片方は追う。
海での“逃走”って、陸と全然違うはずだから。」
野本:
「……じゃあ、始めますね。」
◆【第1段階:ビスマルク建造の背景】
野本:
「まず、ビスマルクが作られた理由だけど……
一言で言うと “ドイツ海軍の自尊心と国威の象徴” だったんです。」
富山:
「やっぱりそうなんだ……。
第二次大戦直前って、ドイツは海軍より陸軍中心でしょ?
そんな国がなんで巨大戦艦?」
小宮部長:
「そこなのよ。陸軍国家であるドイツが建造した巨大戦艦という“矛盾”。
ヒトラー本人は海軍に強い情念はなかったけど、
レーダー提督は“大洋艦隊”を夢見て、威信を賭けて大型戦艦建造を推した。」
橋本:
「スクリーンに出しますね……建造開始は1936年。
総排水量5万トン級。
装甲は“防御重点型”、特に弾薬庫周辺は非常に厚い。」
亀山:
「船体の中、こんなに区分されてるのね……。
どの隔壁も“沈みにくい”ように作ってあるってこと?」
橋本:
「はい。ところが……後で分かるけど、これが逆に“弱点”にもなりました。」
野本:
「ビスマルクは“殴られ強い”ように設計されて、外側はすごく頑丈だったんですけど、
中の骨組みや隔壁の耐久性がそこまで追いついていなかった。
だから後の大量浸水に繋がってしまうんです。」
重子:
「外は強いけど、中が壊れる……人間で言ったら、皮膚は厚いけど骨が弱い感じ?」
野本:
「そういう比喩、すごく近いです!」
山田:
「最初の時点で、もう“宿命”があったんだな……。」
◆【第2段階:出撃とフッド撃沈】
小宮部長:
「では次。“ライン演習作戦”。
これはビスマルクと重巡プリンツ・オイゲンが北大西洋に抜けて、
イギリスの補給線を攻撃する計画ね。」
富山:
「で、イギリスが慌てて追いかけるんだ。」
野本:
「その追撃の中で起きたのが――
史上最も衝撃的な“瞬間撃沈”の一つ:フッド戦艦の爆沈 ですね。」
亀山:
「フッドって“英国の誇り”って呼ばれた船よね?」
橋本:
「はい。
そのフッドがビスマルクの一撃で爆沈した。
原因はフッドの甲板装甲が薄く、
ビスマルクの重砲の弾道と角度が完全一致してしまったためです。」
富山(コーヒーを置いて沈黙):
「……映画のシーンじゃなくて、本当にあったんだよね……。
数千人が一瞬で。」
山田:
「この瞬間、イギリス側の追撃の“心理”は完全に切り替わった。
“戦略任務”から“復讐戦”へ。」
重子:
「誰かを失うと、理由が変わってしまう……。」
野本:
「ビスマルクの運命は、この瞬間に決まったと言っても過言じゃありません。」
◆【第3段階:孤立と舵破壊】
小宮部長:
「フッドを沈めた直後、ビスマルクはプリンツ・オイゲンと分かれて単艦行動。
それがまずい選択だったのよね。」
野本:
「はい。燃料漏れと浸水で、ドイツ本国のフランス寄港を急ぐ必要があった。
それで味方との連携が完全に消えた。」
富山:
「そこで空母アーク・ロイヤルのソードフィッシュ隊が来る。」
亀山:
「布張りの旧式雷撃機よね? そんな飛行機が巨大戦艦に……」
橋本(苦笑):
「ええ、これがまた歴史の皮肉でして……
旧式すぎてビスマルクのレーダー管制射撃がまともに反応できなかったんです。
速度が遅すぎて“ノイズ”扱いになってしまった。」
野本:
「そして撃ち込まれた魚雷の一本が――
舵の下部に“偶然”正確に命中する。
これが全てを終わらせました。」
山田:
「舵が死んだら、戦艦ってどうなる?」
野本:
「巨大な船は舵がなければ方向転換できません。
ビスマルクは“右旋回固定”という最悪の症状に陥り、
イギリス艦隊に追いつかれるのを待つだけの存在になりました。」
重子:
「逃げられない……
その状況、胸が苦しくなりますね……。」
◆【第4段階:最終砲撃戦と沈没】
小宮部長:
「翌日、英国の戦艦“キング・ジョージ5世”と“ロドニー”がビスマルクに追いつく。
ここからは一方的な砲撃です。」
橋本:
「ロドニーは前部砲塔を使って“射程外からの砲撃”を開始し、
砲撃はビスマルクの上部構造物を次々に破壊した。
主砲のほとんどが沈黙し、やがて指揮所も壊滅。」
野本:
「それでもビスマルクは沈まない。
外殻が強すぎて、砲撃だけでは沈まないんです。
だから内部はボロボロなのに浮いているという異様な状態に……。」
亀山:
「内部から崩れてるのに……? そんなことってあるの……?」
橋本:
「深海探査で分かったことですが、
ビスマルクは外側がほぼ原形のまま海底に沈んでいました。
でも内部は完全に“破砕”。
構造的に支えられずゆっくり沈んだ。」
富山(息を呑む):
「ゆっくり沈んでいく戦艦って……どんな……」
野本:
「ビスマルクにとっては、“死体がまだ形を保っている”ような状態です。
心臓と血管は壊れたのに、皮膚だけ生きているような……。」
重子(目を伏せる):
「そんな……
それでも、乗っている人は、最後までその船にいるんですもんね。」
山田:
「最後、イギリス艦は救助できなかったんだろ?
Uボートの危険で。」
野本:
「はい。
沈没後に生存していた数百人は、
110名だけが救助され、残りは海に消えました。」
静寂。
富山:
「……なんだろう。
戦艦の名前って有名だけど、
そこにこんな重い現実があったんだね。」
◆【第5段階:歴史の“結論”】
小宮部長:
「ここまで見てはっきりするのは――
ビスマルクは“巨大戦艦の終わり”そのものだったということ。」
橋本:
「舵一枚で全てが終わる。
どれだけ装甲を厚くしても意味がない。
航空機と情報戦が海戦を支配する。
これは現代海軍の基本思想です。」
野本:
「ビスマルクは“技術の限界”と“戦略のミス”と“偶然の雷撃”が重なって沈んだ艦。
でも同時に、
人間が作り、人間が乗り、人間ごと沈んだ艦 なんですよね。」
亀山(静かに):
「……なんか、急にすごく現実的に聞こえてきたわ。
船って、兵器だけど、生活の場でもあるから……。」
重子:
「生き残った人の証言、残っているんですか?」
野本:
「はい。
“船がゆっくり壊れる音”を聞いたって証言が多いんです。
金属が軋む音、蒸気の音、水が入り込む音……
いろんな音が混じった“沈没の音”。」
山田:
「戦争って、武器や戦略の話に見えるけど、
結局、人間の話だよな……。」
◆【終幕:夕暮れの部室】
外の雨が弱まり、
窓の外が少しだけ明るくなる。
富山:
「……今日は重かったね。」
亀山:
「でも、知らなきゃいけないことだと思う。
戦艦が沈むっていう事実の裏に、
どれだけの人の命があるか。」
小宮部長:
「兵器を“数字や図で語る”だけでは足りない。
人間の声を含めて初めて、歴史は意味を持つ。」
橋本:
「ビスマルクは沈んでも、
海戦史ではずっと中心にいる理由がよく分かりましたね。」
重子:
「……その人たちの声、海は覚えているのかな。」
野本:
「覚えてると思います。
海底に横たわるあの船は、
きっと、まだ“物語”の続きを語ろうとしてるから。」
山田:
「ビスマルク……
思ってた以上に“人間的な悲劇”だった。」
野本(深く息をつきながら):
「……次は、プリンツ・オイゲンの話もしたいですね。
あっちはあっちで、戦後の運命がまた……。」
全員、うなずく。
部室に静かな余韻だけが残った。
◆《完》




