第254章 「包囲網展開:英主力艦の“処刑進路”」
◆第7章 第3節(7-3)
――1941年5月26日夜〜27日未明。
北大西洋。
英本国艦隊司令部から発せられた作戦指令は短かった。
「ビスマルクは右舵固定。逃走不能。
全主力、追撃急行。」
だが、この一言に、
イギリス海軍全体が震えた。
“あの巨艦をついに追い詰められる”
という興奮と、
“戦艦フッドの仇討ち”
という激情が、
艦隊の全員を突き動かしていた。
⸻
●キング・ジョージ5世(旗艦)艦橋
司令長官ジョン・トーヴィ提督視点
トーヴィは海図の上に置かれた
ビスマルクの進路を沈黙のまま見続けていた。
コンパスで引かれた曲線――
ビスマルクが右舵20度で回されることで描く“無限円の線”だ。
航海長:
「提督、敵は方向転換できず、
進路はほぼ『円弧』です。
このまま進めば――」
トーヴィ:
「やがて“処刑台”へ上るわけだ。」
航海長:
「……はい。」
トーヴィは一度、深く息を吐き、呟いた。
「ビスマルクの装甲は厚く、火力は猛獣だ。
だが方向を奪われた獣は、
ただの的に過ぎん。」
かつて、戦艦フッドが
“主砲弾一発”で爆沈した時の悲鳴が
脳裏に過ぎった。
トーヴィ(内心):
(ようやく……
ようやくあの日が終わる。)
⸻
●戦艦ロドニー:艦首甲板
主砲塔“X砲塔”担当砲術士官バウマン視点
ロドニーは異常なまでの揺れ方をしていた。
波高は3mを超え、
艦体は前後に突き上げられ続ける。
バウマン:
「主砲仰角、設定6度……
戦艦同士の“殴り合い”まであと数時間か。」
隣の砲手ハリスが
装填用レールに腰を下ろしながら笑う。
「殴り合いなんて綺麗なもんじゃねえ。
今回は“袋叩き”だ。」
バウマン:
「……だな。」
彼らは知っていた。
ビスマルクが舵を失った瞬間、
この戦いは“勝負”ではなくなった。
英艦隊は、
**世界最大級の2隻の戦艦(KGV・ロドニー)**を含む
総力戦配置へ移行していた。
⸻
●空母アーク・ロイヤル:飛行甲板
雷撃隊の帰還
雷撃を終えたソードフィッシュ隊は
次々とアーク・ロイヤルへ戻り、
整備班・医療班が
雑然と入り混じりながら
負傷者と破損機体を処理していた。
生き残ったパイロット達の誰もが
疲労と興奮で半ば震えていた。
整備長ハドソン:
「翼が裂けてるぞ!
布を張って応急修理しろ!!
次の発艦は……
まだある可能性がある!」
副官:
「ハドソン、聞いたか?
ビスマルクの舵が死んだそうだ。」
整備長:
「……なら、俺たちの勝ちだ。」
だがその言葉には、
勝利よりも“安堵”の色が濃かった。
⸻
●英巡洋艦部隊(ノーフォーク/サフォーク)
「影の包囲網」
夜明けまで、
英巡洋艦隊は
“見えない刃”のように
ビスマルクを包囲する布陣を取り続けていた。
ノーフォーク艦長プリデュー:
「我々は決して、
距離を詰めすぎるな。
敵の主砲が届けば、
巡洋艦は一撃で沈む。」
副長:
「ですが、包囲を緩めれば
ビスマルクが姿を見失います。」
プリデュー艦長:
「だからこそ――
距離1万m以内を保つ。
が、1秒たりとも射線上に留まるな。
“観測の鎖”を維持せよ。」
巡洋艦は砲戦をしない。
あくまで
**位置情報の維持**に徹し、
ビスマルクの孤立を
より深く、より確実にしていく。
⸻
●ビスマルク艦橋:迫り来る“夜明け”
27日未明。
ビスマルクの艦橋は、
冷たい海風と油の匂いに満ちていた。
操舵輪は沈黙したまま動かない。
舵角指示器は
右20度から微動だにしない。
航海長エンゼル:
「敵巡洋艦、依然として追尾中……
距離、9500。
照明弾の準備も整っています……」
リュッチェンス提督:
「つまり――
逃げ道は、完全にない。」
機関長:
「速度はまだ22ノットを維持できますが、
進路は制御不能のままです!」
リュッチェンスは
ひび割れた航海図を開き、
“どこへ向かっても海しかない”現実を
静かに受け入れた。
(だが――
この艦は戦艦だ。
最後まで戦う。)
副官が震える声で言う。
「提督……
英戦艦部隊は、
まもなく視界圏に入ります。」
リュッチェンス:
「良いだろう。
戦艦ビスマルク――
本日、最後の戦いだ。」
艦橋に
鈍い決意が落ちた。
⸻
●夜明け前:英戦艦ロドニー艦橋
砲術長マクレーンが
測距盤の前で針を凝視している。
マクレーン:
「距離、32,000ヤード……
まだ遠いが、
夜明けとともに――
射線が開く。」
艦長ダルリンは
海の向こうの闇を見つめながら答える。
「我々は“最後の一撃”を与える側だ。
フッドのためにも。」
ロドニーは
主砲16インチ×9門を
すべてビスマルク方向へ向け、
夜の海を滑るように進んだ。
⸻
●夜明け:北大西洋
“処刑の水平線”
太陽がゆっくりと
濁った雲を押しのける。
英戦艦2隻(ロドニー・KGV)が
濃灰色の海を切り裂き、
ついに
ビスマルクのシルエットが
その姿を露わにし始めた。
トーヴィ提督(旗艦KGV):
「全艦、砲戦用意。
今日、ビスマルクを沈める。」
士官たちの返答は短く、
だが震えるほど強かった。
「――イエス・サー!」
戦艦同士の
“最後の決闘”が
いよいよ始まる。
⸻




