第248章 「ビスマルク:霧の裂け目、そして“風向の変化”」
◆第6章・第12節(6-12)
――夕闇が近づき、
霧の密度にわずかな“揺らぎ”が現れ始めた。
ビスマルク艦橋の見張員が
目を凝らし、息を飲む。
「副長……
霧の層が、上へ……持ち上がっています。」
副長シュルツは双眼鏡を構えた。
確かに、海面から立ち上る白は薄まり、
かわりに上空の霧が厚みを増している。
それは、
風向が変わりつつある兆候だった。
航海長フェッツナー大尉が
即座に海図の端に書き込む。
「風向、北東から東。
この変化は……
霧帯の“縁”が近い証拠です。」
副長:
「つまり、霧が晴れる可能性が?」
「はい。
短時間で視界が開ける可能性があります。」
艦橋に緊張が走る。
艦長リンデマンは
静かに呟いた。
「……敵の眼が、戻る。」
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●“霧が晴れる”とは、
それ自体が戦局の変化である
霧は味方だった。
敵の偵察機も、レーダーも、
すべてを封じてくれた。
だが同時に、
霧の外には英国艦隊の包囲網が迫っている。
副長:
「霧が晴れた瞬間、
我々は“視界の中心点”になります。
敵はその瞬間を狙っています。」
航海長:
「今の進路からすると、
最も早く接触する可能性があるのは……
南方から来る空母群です。」
リンデマンは頷いた。
「アークロイヤルの雷撃隊か。」
艦橋が再び静かになる。
まるで、霧そのものが息を潜めて
その先にある“戦いの音”を待っているかのようだった。
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●新兵アーベントの視点
後部甲板では、
アーベントが空を見上げていた。
霧が“薄いベール”に見える。
その背後に、どす黒い雲が滲んでいた。
(……これは、
天気が変わる時の空だ。)
伍長が言った。
「アーベント、
霧が上がったら何が来るか知ってるか?」
「……敵ですか?」
伍長:
「敵の“目”だ。
空からの眼。
そして――魚雷だ。」
アーベントは無意識に喉を鳴らした。
(魚雷……
あれが来たら……
絶対に生きていられる気がしない……)
伍長は静かに続けた。
「だが覚えておけ。
ビスマルクは迅速だ。
旋回も速い。
魚雷の網を抜けられる可能性はある。」
その言葉は励ましだったが、
同時に“希望の薄さ”も示していた。
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●風向はさらに変化する
航海長が声を上げる。
「風速上昇。
東風が強まりつつある!」
副長:
「霧が完全に持ち上がるぞ……!」
リンデマン艦長は
ついに命じた。
「各部署――
視界確保に備えよ。
敵との遭遇は“いつ来てもおかしくない”。」
霧の向こうで何かが動いている。
海の匂いが変わる。
空気が重くなる。
――そして、
“追跡戦の本番”が始まる気配が
艦全体をくぐもった震えで包み始めた。
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