第246章 「ビスマルク艦橋:“霧の外”から迫る“気配”」
◆第6章・第10節(6-10)
――夕刻前。
霧は依然として濃く、
海面と空の境界は完全に失われていた。
だがその白の奥に、
“もうひとつの空気の流れ”が存在していた。
ビスマルク艦橋では
副長シュルツが耳を澄ませていた。
「……聞こえるか?」
航海長フェッツナー大尉:
「なにがです?」
シュルツ副長は、
海の奥底から湧き上がるような
微弱な断続音に集中した。
「……プロペラ音だ。
遠いが、“航空機のそれ”だ。」
艦橋に緊張が走る。
無線担当士官:
「敵機かどうかは?」
副長:
「この霧で味方の航空機など来るはずがない。
英海軍航空隊だろう。」
しかし――奇妙だった。
音が近づかない。
遠ざかりもしない。
まるで霧の縁を“旋回”しているように聞こえる。
航海長:
「こちらの正確な位置を掴んでいない……
あるいは、すでに失ったのか。」
艦長リンデマンは
静かに唇を結んだ。
「航空隊は……
我々を探しているが、見えていない。
だが、探しているという事実そのものが脅威だ。」
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●“気配”は続く
霧の向こうから来る振動音は、
時折消え、
そしてまた現れた。
それは敵が索敵パターンを変えながら
ビスマルクの進路を“推測”している証拠だった。
測距員ホルスト:
「これは……完全に“円索敵”です。
同一地点を中心に、
半径を変えて旋回している。」
副長:
「つまり敵は――
我々を見失った可能性を認めている。
だから探索範囲を広げている。」
(良い兆候……のはずだ。)
艦橋にいた誰もが、
そう思った。
しかし同時に、
胸の奥で別の不安が滲んだ。
(霧が晴れた瞬間に捕まるのでは?)
それほどまでに、
敵機の“存在だけの圧力”は凄まじかった。
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●艦長リンデマンの覚悟
艦長は海図に手を置き、
進路を見据えた。
「機関区に伝えろ。
速度は維持。
多少の負荷は……覚悟の上だ。」
通信士が戸惑う。
「しかし、機関長は
軸受温度が危険領域と……」
リンデマン:
「止まれば死ぬ。
動けば……生き残る可能性がある。」
副長も静かに言った。
「敵は見えないが、
“探している”という事実だけで
我々は走るしかない。」
艦橋は沈黙した。
霧の向こうに、敵の姿はない。
だが、気配はある。
音も、影も、姿もないのに、
「追われている」ことだけが確信できる。
これは
**視界ゼロの“心理戦”**だった。
ビスマルクはただ進む。
霧を裂き、
荒れつつある海に身を投げる。
その背後に、
英国海軍の“目に見えない網”が
確実に近づきつつあった。
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