第238章 「英巡洋艦の焦燥:ノーフォーク、推定進路の“ずれ”」
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◆第6章・第2節(6-2)
――同刻。
霧の壁の、はるか北方。
英重巡洋艦ノーフォークでは、
艦橋に“説明不能な空白”が生まれ始めていた。
電測士メイソン曹長が
レーダースコープへ顔を近づけたままつぶやく。
「……消えた。
ビスマルクの反射波、完全にロスト。」
艦長フィリップス大佐は
短く返事をしたが、その表情には迷いがあった。
霧がレーダー波を散乱させているのか、
距離を変えたのか、それとも針路を大きく変えたのか。
どの可能性も“あり得る”が、
“どれが正しいか分からない”というのが最大の問題だ。
航海長:
「推定進路は二通り。
一つ、予定どおりアイスランド南方へ向かった。
もう一つ――東寄りへ転じ、霧の中で姿勢を隠した。」
艦長:
「どちらが“殺しに向かう”進路だ?」
航海長は数秒答えられなかった。
これは単なる索敵ではない。
ビスマルクを見失うということは、
イギリス本土を“敵戦艦が自由に航行できる”状態に戻すことを意味する。
英国海軍が最も恐れる事態だ。
副長:
「……大佐。
もし東へ行かれていた場合、我々はすでに“進路線”を外しています。」
艦長は、海図の上を指でなぞった。
北大西洋の風は強く、
海図を押さえないと吹き飛ぶほどだ。
艦長フィリップス:
「東か、南西か……
ビスマルクは“知っている”。
我々が北西側からだけ監視できると。」
その時だった。
通信室から駆け込んできた士官が
息を切らして報告した。
通信士:
「アイスランド基地より連絡!
“霧の影響で航空偵察は不能”とのことです!」
艦橋に沈黙が落ちた。
ビスマルクには霧という“自然の側の味方”がつき、
英国側は、空の眼も電子の眼も奪われた。
艦長フィリップス(低く):
「……まずい。
これは本当に――見失ったのかもしれん。」
霧の向こうで、ビスマルクは確かに生きている。
だが英国側には、その“存在そのもの”が消えたように感じられた。
戦艦が、海から消える――
これほど恐ろしい現象は、海軍にとって他にない。
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