第233章 第5章《デンマーク海峡海戦:巨砲の交差と破滅》 15/15
デンマーク海峡の砲戦が終わり、
全てが“確率”と“時間”で動く第二幕。
その前夜を詳細に描きます。
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◆第5章《デンマーク海峡海戦:巨砲の交差と破滅》
15/15(最終節) ― “沈黙の海:ビスマルク再発見前夜” ―
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【322:午前6時56分・北大西洋(俯瞰)
― “巨大な海に、戦艦が一隻だけ消える”】
濃霧、乱れた波、
風が方向を変え、
空は雲で蓋をされている。
本来なら
30km以上離れても見える巨艦が、
まるで存在そのものが海に吸われたかのように
跡形もなく消えた。
“レーダーがある時代のはずなのに、
レーダーすら当てにならない。”
この1時間、
北大西洋は完全に “海の時代” に戻った。
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【323:午前6時57分・英巡洋艦サフォーク
― “見えない敵の恐怖”】
レーダー士:
「ノイズ……依然多発……
反射なし……!」
副長:
「敵は速度27ノット……
この霧なら軽く10km以上離れたら
一切見えなくなる……」
艦長(静かに):
「問題は、どの方向へ離れたかだ。」
副長:
「南か、東か……
あるいは速度を落として追撃を待つか……」
艦長:
「あの巨艦は“待つ”ことはしない。
怪物は逃げるか、襲いかかるかだ。」
レーダー士は
指で震える波形を見ながら呟いた。
「こんなに近くにいるはずなのに、
なにも見えない……
それが一番怖い……」
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【324:午前6時58分・英空母アーク・ロイヤル
― “出撃できない重圧”】
飛行甲板は濡れ、
強風で機体を抑えるため
整備兵が必死に踏ん張っている。
雷撃隊長:
「これでは発艦できん!!
だが……この霧が晴れる保証もない……!」
副隊長:
「晴れた瞬間が最大のチャンスですが、
その時にビスマルクがどこにいるのか……」
隊長は
霧で真っ白な水平線を見つめ、
低く言った。
「……海が“敵の側”に付くと、
人間は無力だ。」
だがその無力さが、
逆に隊員たちの執念を高めていた。
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【325:午前7時00分・ビスマルク艦橋
― “霧の影に守られた悪夢”】
航海長:
「予定より東に寄っています。
海流に押されています。」
副長:
「悪くない。
この霧なら英巡洋艦は追えない。」
艦長リンデマンは、
霧で白く染まった海を見つめて言った。
「……だが、我々も孤立している。」
副長:
「しかし司令部から救援艦が――」
艦長:
「間に合わん。
ドイツからここまで来るには何日もかかる。
我々は“自力で帰る”以外の選択肢はない。」
航海長:
「燃料漏出さえなければ……」
艦長は
手袋の上から拳を握りしめた。
「燃料漏出こそが、
英海軍にとっての最大の味方だ。」
この事実が
ビスマルクの死を決定づけていく。
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【326:午前7時02分・英本国艦隊旗艦(キング・ジョージ5世)
― “時間との戦い”】
副官:
「敵消失から15分が経過……
このままでは捜索網の外へ……!」
参謀:
「索敵範囲は
6時間で200kmを超えます!!
迷路になります!!」
トーヴィー大将は
机を拳で叩いた。
「ビスマルクを野放しにしたら、
何十隻の輸送船が沈むと思っている!!」
副官:
「しかし、この海況では……!」
トーヴィー:
「海況は敵だ。
だが敵に味方しているわけではない。」
参謀:
「つまり……?」
トーヴィー:
「敵もまた、この海で苦しんでいる。」
この理解こそが
英側を“絶望”ではなく“冷静”に保った。
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【327:午前7時04分・英巡洋艦ノーフォーク
― “推測の戦争”】
航海士:
「海流、風向、霧の密度、波の周期……
これらを考えると、
ビスマルクは“東寄りの南進”が最も自然です。」
副長:
「つまり……フランスではなく、
北大西洋の中央部へ行く可能性も?」
艦長:
「いや。
ビスマルクはフランスに帰らねば死ぬ。
だから“最短で南”だ。」
航海士:
「では、この霧は……?」
艦長:
「彼らにとっての
‘一時の猶予’にすぎない。」
ノーフォークは
海図の線をさらに南へ伸ばす。
この推測が
後の“ビスマルク再発見”の基礎となった。
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【328:午前7時06分・ビスマルク・機関部
― “限界への時計”】
主任:
「漏出量、1時間あたり550トンに迫る!!
このままでは……
余裕分が尽きる!!」
技術兵A:
「溶接材が足りません!!
これ以上は延命のための処置すらできない!!」
技術兵B:
「海水が機関室へ……!!
ポンプに負担が……!」
主任は
頭を押さえて叫んだ。
「あと……何時間持つ……?」
誰も答えられなかった。
ビスマルクの“死の時計”は
もう動き始めていた。
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【329:午前7時07分・英空軍カタリナ飛行艇
― “空の微かな気配”】
レーダー員が突然叫ぶ。
レーダー員:
「反射……弱い反射が……!!
方向南東!!」
パイロット:
「本当か!?」
レーダー員:
「いや……違う……
波の反射だ……!」
副操縦士:
「くそ!!
海が“嘘”をついている!!」
パイロット:
「いいや……海は嘘をつかない。
人間が見誤っているだけだ。」
その言葉に
レーダー員は静かに頷いた。
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【330:午前7時08分・英本国艦隊(KGV)
― “静かなる覚悟”】
トーヴィー大将は
作戦室の全将兵に言った。
「敵を見失ったことは問題ではない。
重要なのは――
我々が‘見つけるまで止まらない’ことだ。」
参謀:
「部隊の動揺は……?」
トーヴィー:
「動揺は士気を下げるが、
怒りは士気を上げる。
英国中が怒っている。」
副官:
「フッド……でしょうか。」
トーヴィー:
「フッドの死は、
この海を“戦場”に変えたのだ。」
艦内の空気は震えるような緊張に包まれた。
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【331:午前7時10分・ビスマルク艦橋
― “不気味な静寂”】
副長:
「……なにも追ってこない。」
航海長:
「いいえ、追っています。
彼らは霧の向こうで探している。」
艦長リンデマン:
「海は静かだ。
だが、この静けさも長くは続かん。」
霧の向こうから
遠く、
雷鳴のような波の音が聞こえてきた。
“嵐の核心”が迫っていた。
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【332:午前7時12分・章末(15/15)
― “ビスマルク再発見前夜:沈黙の包囲網”】
午前7時12分。
海は静まり返っていた。
霧と風と流れが
すべての音を吸収している。
しかし――
沈黙の下には、明確な緊張があった。
▼ 英側
•レーダー喪失による捜索の迷走
•空母隊は出撃不能
•サフォーク/ノーフォークは推測で海流を読む
•本国艦隊は速度を上げ南へ
•“国家規模の怒り”が追撃網を動かす
▼ 独側
•霧で一時的に姿を隠す成功
•航行を続けるたび死が近づく状態
•機関部は限界
•司令部支援は不可能
•“生還の希望”がほぼ消えつつある
海は今だけ静かだ。
だがこの静寂こそ、
次章の“地獄の追撃”の前触れである。
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