第229章 第5章《デンマーク海峡海戦:巨砲の交差と破滅》 11/15
11/15 ― “POW撤退、そして英海軍総追撃態勢へ” ―
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【282:午前6時26分30秒・プリンス・オブ・ウェールズ艦橋 ― “決断と静寂”】
艦長リーチは、海図の上に手を置いたまま数秒沈黙した。
副長も砲術長も口を開かない。
フッドの死が艦内からまだ震えるように消えない。
そして――
艦長リーチ:
「POWは5分後、戦線離脱する。
ただし、退避ではない――
ここからは“追尾任務”だ。」
副長:
「追尾……!」
砲術長:
「砲は一門でも撃てます。
その間に距離を――?」
艦長リーチ:
「違う。
位置を知らせ続けるのだ。
英国全艦隊に、ビスマルクの位置を。」
その瞬間、
艦内に“自分たちの使命”が
別の意味で立ち上がった。
撃ち負けたフッドの代わりに、
英海軍全体を戦場へ導く役目。
「我々は孤独だが、英国は孤独ではない。」
その言葉で、
POWの士気は崩壊せずに変質した。
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【283:午前6時27分・ビスマルク艦橋 ― “追撃不能の現実”】
損害主任から、さらに追撃続行不能を突きつける報告が届いた。
主任:
「右舷タンクからの燃料漏出、止まらず!
流出量は1時間あたり450〜500トンに到達の可能性!」
副長、驚愕。
航海長、沈黙。
技術士官、顔面蒼白。
艦長リンデマン:
「……この消耗で全速は無理だ。」
航海長:
「全速を出せば、半日で航続不能になります。」
副長:
「追撃しても……港に戻れない。」
誰も、艦長を責めない。
だが現実は残酷だった。
艦長リンデマン:
「……プリンツ・オイゲンに続け。
我々は南進して、フランスへ向かう。」
砲術長シュテルツェル(低い声):
「つまり“逃走”か。」
艦長:
「帰るための戦いだ。」
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【284:午前6時27分30秒・プリンツ・オイゲン艦橋 ― “任務分離”】
オイゲン艦長は
ビスマルクの状況を無線で聞き取りながら、
静かに航路を変更した。
副官:
「我々は単独で通商破壊に……?」
艦長:
「ああ。フランスへはビスマルクを行かせる。
我々は北大西洋へ。
この作戦で唯一の勝ち筋だ。」
副長:
「しかし……ビスマルクを置いていくのは……」
艦長:
「あれは“国の宝”だ。
だが今は守れない。
ならば、せめて戦果を持ち帰るしかない。」
その声は震えていた。
将校たちは理解した。
ビスマルクは、もはや独艦隊の“重荷”となりつつあった。
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【285:午前6時28分・英本国艦隊司令部(タヴィストック作戦室) ― “覚醒の号令”】
フッド沈没の報告が入った瞬間、
作戦室は“真空状態”のように静まり返った。
司令官トーヴィー大将は、
全員の視線を受けながら言った。
「……全艦艇に告ぐ。
ビスマルク追撃作戦、“ラグナロク”を発動する。」
副官:
「名は……?」
トーヴィー:
「最終戦争の名だ。
これから我々が行うことは、
北大西洋の運命を決める。」
参謀長:
「全戦力動員しますか?」
トーヴィー:
「当然だ。
全艦艇、全航空隊、潜水艦、哨戒機――
一隻も残すな。
ビスマルクは沈める。」
その言葉は
“英国史上最大の追撃作戦”の始まりとなった。
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【286:午前6時28分30秒・英海軍航空隊(アイスランド基地) ― “飛行準備”】
無線が鳴り響く。
「フッド沈没」「ビスマルク健在」「追撃開始」
パイロットたちは
怒りと悲嘆で顔をこわばらせつつ、
飛行整備士に向かって叫んだ。
パイロット:
「ソードフィッシュ、全機出すぞ!
武装、急げ!!」
整備士:
「雷撃装備か!? 爆装か!?」
パイロット:
「全部だ。
あの化け物を止めるには
なんでも載せろ。」
(実際には雷撃が主兵装になる)
滑走路の向こうの黒雲は、
まるで“北大西洋の怒り”そのもののようだった。
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【287:午前6時29分・英駆逐艦隊(サフォーク/ノーフォーク) ― “POWからの引き継ぎ”】
サフォーク艦長:
「POWから信号!
“位置接触を引き継ぐ。
我らは離脱する”」
ノーフォーク艦長:
「彼らはよくやった……
フッドがいなくなったのに……」
副長:
「では我々が、
ビスマルクの“影”になるわけですな。」
艦長:
「ああ。
一度でも見失えば――
英国の都市が燃える。」
この恐怖こそが、
追撃戦の最大の“駆動力”になっていく。
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【288:午前6時29分30秒・POW艦橋 ― “撤退開始”】
副長:
「転舵完了! 煙幕生成開始します!」
砲術長:
「距離開いたら、艦尾砲で牽制射撃します!」
艦長リーチ:
「よし……
我々の戦いは、
これからだ。」
POWは煙幕を展開しながら
ゆっくりと戦線を離れた。
だが乗員の胸中では
“退却”の言葉は一切使われていない。
彼らの任務は“英海軍の目になること”だった。
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【289:午前6時30分・ビスマルク艦橋 ― “獲物を逃がした戦艦”】
見張り員:
「敵戦艦、距離を開きます!
撤退行動の様子!!」
副長:
「追いますか……?」
艦長リンデマン:
「追撃したい。
だが燃料が許さない。」
砲術長:
「ならば、
敵は逃がし、我々は――」
副長:
「“逃げる側”になる。」
艦橋内に
重い沈黙が落ちる。
数分前まで“勝者”だったビスマルクが
この瞬間、
自分たちが実は“逃走者”であると気づいた。
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【290:午前6時30分30秒・英海軍航空隊(空母ヴィクトリアス内) ― “出撃準備”】
ヴィクトリアスの飛行甲板で
雷撃隊長が叫ぶ。
隊長:
「敵はまだ射程外だ!
だが飛ぶぞ!!」
若いパイロット:
「帰りの燃料は……?」
隊長:
「帰れなければ海に降りろ!!
ビスマルクを止められればそれでいい!!」
他の隊員たちは黙ってうなずく。
フッドが沈んだ海に、
彼らはまっすぐ向かおうとしていた。
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【291:節末(11/15) ― “世界がビスマルクを包囲し始めた瞬間”】
午前6時30分、
デンマーク海峡の戦いは
戦術的には終わった。
しかし――
“ビスマルク包囲戦”という
新たな戦いがこの瞬間に始まった。
▼ 英側
•POW撤退しつつ追尾任務へ
•駆逐艦2隻が監視を引き継ぐ
•空母航空隊が武装・出撃準備
•本国艦隊が“全戦力動員”を発令
•英国全域のレーダー網が北海に集中
▼ 独側
•ビスマルク、燃料流出で戦略的逃走へ
•プリンツ・オイゲンが単独行動開始
•ルッツェンス司令部は作戦崩壊を認識
•“帰還”という新たな絶望が幕を開ける




