第98章 横須賀第3ドック・大和炉室改造現場(D-127)
巨大なドック内に、鉄の匂いと溶接の火花が漂っている。
艦底近くの炉室は、半分が仮設照明に照らされ、蒸気管の間を人影が忙しく行き来していた。
安西(民間造船所主任)
「ここの旧燃焼炉、リベット留めが一部腐食してるな。外す前に仮補強入れないとタービン軸受に応力がかかる」
黒川技官(防衛装備庁)
「補強は高張力鋼でお願いします。現代ボイラーの重量分布が変わるので、炉室前後での荷重バランスも再計算してほしい」
古賀機関長(昭和20年・大和乗員)
「荷重バランス……俺らの頃は、釜を下ろすなんて想定しちゃいなかった。
でもボイラーの心臓部は、ちょっとやそっとじゃ歪まねぇ造りだ」
安西
「ええ、造りは確かです。ただ、現代ボイラーは炉圧と蒸発効率が桁違いです。
旧式タービンに合わせるには、蒸気温度を下げる制御弁を新設しないといけません」
古賀
「そんな高温の蒸気を入れたら、ブレードが一発で歪むぞ」
黒川
「だから中間段で熱交換を入れます。二段減圧で過熱蒸気を抑え、タービン入口温度は最大で540度に制限します」
古賀
「540度か……当時はせいぜい450度だ。だが出力を維持できるなら悪くない」
作業員がクレーンで巨大な燃焼炉を吊り上げる。
鉄板がきしみ、炉室にこだまする。
安西
「これで一基目撤去完了です。新型はモジュール構造だから、搬入はこの開口部から一括でいけます」
古賀
「おいおい、俺らは一枚板を溶接しながら作ったんだぞ。こんな“分解できる釜”なんて想像もしなかった」
黒川
「その分、整備性も補修速度も桁違いです。戦時は一日止めるだけで戦力が落ちますから」
古賀
「……確かに、停めたら次は沈むまで止まらんのが、俺たちの時代だったな」
三人はしばし無言で、炉室に差し込む冬の光を見上げた。
その光の向こうでは、溶接火花と作業員の怒号が交錯し、残り127日のカウントダウンは止まらないままだった。