第208章 第4章《ライン演習作戦・出撃》 14/15
14/15 ― “英艦隊の再捕捉努力/夜明け前の気象変動/決断の連鎖” ―
⸻
【133:午前2時41分・北海 ― サフォーク レーダー室】
レーダー画面は“黒い海”のように静まり返っていた。
その静寂が、レーダー手の焦燥を増幅させる。
レーダー手:
「……反射波、皆無……
ノイズばかりで、明確な物体はありません……!」
副長:
「距離が離れたのか?
それとも霧が深すぎて……?」
艦長エリス:
「両方だ。
だが“完全に消えた”なら、それはそれで問題だ。」
副長:
「どういう意味でしょうか?」
艦長:
「我々は“怪物の影”を捕まえる網だ。
網が切れれば、
フッドとプリンス・オブ・ウェールズは“どこを探すべきか分からなくなる”。
これはまずい。」
北海の夜は、
単なる暗闇ではなく“情報の喪失”そのものだった。
⸻
【134:同刻・英重巡ノーフォーク 艦橋 ― “焦燥と恐怖”】
副長:
「サフォークからの報告でも“反射なし”。
ビスマルクは霧の中に完全に紛れたとのことです。」
艦長プライド:
「……考えるまでもない。
奴らは“北西”へ逃げる。
デンマーク海峡へ向かう直前、
一気に速度を上げるはずだ。」
副長:
「しかし追えません。
あれほどの巨艦が、
霧と海流を味方につけるなんて……」
艦長:
「勝つ必要はない。
“位置さえ知らせ続ければいい”。
だが位置が分からんのなら……
我々は英本国艦隊の“眼”ではなくなる。」
レーダー手:
「艦長……
このままでは、明け方に“北大西洋へ逃げられる”可能性があります。」
艦長プライド:
「それこそ絶対に避けねばならん。」
艦長は深く息を吸い、
冷えた北海の空気を肺に入れた。
艦長:
「全速にはせん。
だが絶対に距離を離すな。
奴の“航路予測線”を維持するのだ。」
副長:
「……了解。」
⸻
【135:午前3時12分・北海 ― “霧の二層化という罠”】
この時間帯、北海では特異な現象が起きる。
寒気が海面に降り、
温かい海流の一部が“下層霧”を形成。
その上に、風で流れた濃密な“上層霧”が重なる。
――まるで“二重のカーテン”だった。
サフォーク航海長:
「上層は風で流れていますが、
下層は停滞しています。
高さは40メートルほど。」
副長:
「ビスマルクの艦橋は……?」
航海長:
「約35メートル。
つまり“下層霧の中に艦橋ごと沈んでいる”。
レーダーも光学も効きにくい最悪の高度です。」
副長:
「……これでは捕捉不能……」
艦長エリス:
「いや――
霧が厚いのなら、厚いなりに“動きの癖”が出る。
わずかな反射変化を拾え。
北西へ直進しているか、
あるいは一度南西へ“蛇行”しているか。
いずれにせよ、霧の裏には痕跡が残る。」
英艦隊は“影すら見えない巨艦”の後を追うしかなかった。
⸻
【136:午前3時48分・ビスマルク艦橋 ― “霧を読み切る”】
ビスマルク艦橋では、
気象観測士クレッチャーが
霧の層を見抜いていた。
クレッチャー:
「艦長、今の霧は二層構造です。
上層が薄く、下層が濃い。
我々はちょうど下層霧の中心に位置している。」
艦長リンデマン:
「つまり、我々は“最も隠しやすい層”にいるのだな。」
クレッチャー:
「ええ。
ここから高度差による熱の変動で
下層霧がさらに濃くなります。
英巡洋艦はまず見つけられません。」
副長:
「……神が味方しているようだ。」
艦長(静かに首を振る):
「いや、味方しているのは“海そのもの”だ。
我々は海洋国家の戦艦だ。
海は我々を歓迎し、
敵には牙を剥く――」
航海長:
「艦長……
進路は?」
艦長:
「15度北西、速度28ノット維持。
霧が厚いうちに
海峡へ一気に突き進む。」
⸻
【137:午前4時20分・英本国艦隊司令部】
報告将校:
「サフォーク、ノーフォークともに
“ビスマルクの正確な位置を見失った”とのことです!」
司令長官タヴィストック大将:
「見失った!?
霧がそこまで濃いのか!」
作戦参謀:
「敵は霧を利用して
デンマーク海峡へ直行している可能性。
ただし現在の捕捉線は“大きく揺らいでいる”とのこと。」
大将:
「……フッドとプリンス・オブ・ウェールズは
すでに出航済みだ。
だがこのままでは“待ち伏せポイント”を決められぬ。」
補佐官:
「大将……
どこに向かわせますか?」
司令部の作戦盤に、
北海からデンマーク海峡へ続くラインが描かれる。
その上を、
ビスマルクの“複数の予測航路”が蛇のように走った。
大将タヴィストック:
「余計なことはするな。
フッドは“王家の剣”。
奴らはビスマルクを必ず捕らえる。
全艦に“位置情報の更新を最優先せよ”と伝えろ。」
⸻
【138:午前4時53分・北海 ― “夜明け前の混乱”】
サフォーク・レーダー室は限界に来ていた。
レーダー手(半ば叫ぶ):
「ノイズが……さらに増大……!
海面温度の変化で反射が乱れています!!
何も……何も見えません!!」
副長:
「落ち着け!
何も見えないのは“敵も同じ”だ!」
レーダー手:
「しかし……
敵が全速で海峡に向かった場合、
5時半頃には海峡へ突入できる距離になります!!」
副長:
「なに……!?」
艦長エリス:
「その前に捕捉しなおさねばならん。
さもなくば――
北大西洋でビスマルクが自由に暴れまわる。」
その瞬間、
レーダー画面の端が微かに“揺れた”。
レーダー手:
「っ……!
弱い反射……!
しかしこれは……
“人工物の平面”の反射特性だ!!」
副長:
「方位は!?」
レーダー手:
「298度!
距離……2万3千メートル!」
副長:
「ビスマルクか!?」
レーダー手:
「おそらく……
そうです!!
これは巡洋艦のものではありません!!」
艦橋全体が震えた。
艦長エリス:
「捕捉した……!
全艦へ送信!!
ビスマルク、再捕捉!!」
⸻
【139:午前5時02分・ビスマルク艦橋 ― “危機の予兆”】
航海長:
「英巡洋艦の“動き”が変わりました。
敵は何かを掴んだ様子です。」
副長:
「捕まったか……!?」
艦長リンデマン:
「いや、僅かな反射だろう。
だが英艦隊は
“その僅かな反射を根拠に動く”。
気を抜くな。」
クレッチャー:
「霧はもう長く持ちません。
夜明けとともに晴れます。」
艦長:
「そうか。
夜明けまでの勝負と言ったが――
夜明けの瞬間こそ最大の危険ということだ。」
⸻
【140:午前5時10分・北海上空 ― “空が白む”】
東の空がわずかに白む。
霧が光を帯び、
薄い層から溶けていく。
その“溶けてゆく霧”の帯の中に、
巨大な影が――
ゆっくりと浮かび上がる。
レーダー手:
「……見えます……!
肉眼で……!
あれは……!」
副長:
「あの巨影……
間違いない……
ビスマルクだ!!」
艦長エリス:
「位置確認!
すべての英艦へ送るぞ!!
これが運命の座標だ!!」
⸻
【141:章末(14/15) ― “決戦への扉が開く”】
その座標は、
イギリス海軍のあらゆる艦艇へ伝わった。
フッド、プリンス・オブ・ウェールズ、
そしてそれを支える多数の軽巡・駆逐艦へ。
指令電文:
「ビスマルク再捕捉。
方位298。速力維持。
全艦、迎撃準備。」
――この電文が送られた瞬間、
北大西洋最大の決戦が始まった。




