第201章 第4章《ライン演習作戦・出撃》 8/15
― “フィヨルドの静寂/そして英国追撃艦隊の覚醒” ―
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【71:午前9時02分・ハフルフィヨルド内部 ― “息を潜める巨艦”】
フィヨルド内部は別世界だった。
外海の荒れ狂う風は完全に遮断され、
海面はほとんど波を失い、
音という音が吸い込まれたように消えている。
ビスマルクは
巨大な黒い岩壁の影で静止し、
その周囲だけが時間から切り離されたように
沈黙していた。
アーベントは甲板で息を呑んだ。
(ここは……海じゃない。
まるで巨大な神殿の内部みたいだ……)
海鳥が鳴く声だけが
金属の巨体に反響する。
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【72:ビスマルク艦橋 ― “短時間の整備”】
航海長フェッツナー:
「艦長、フィヨルド入口よりの風はありません。
偵察機の再来はしばらく難しいはずです。」
艦長リンデマン:
「……よし。
整備班に短時間の点検を許可する。
ただし“静音優先”だ。
大きな音は出すな。」
副長シュルツ:
「燃料の再配分も急ぎます。
外洋での高速航行に備えて。」
艦長:
「急げ。
英国が動く前に、
我々は外に出なければならん。」
艦内では、
ボイラー室、弾薬庫、主砲室、副砲室、
すべての部署が再点検に入った。
しかしそれは
“戦争前の余裕ある整備”ではない。
追撃戦の始まりを睨んだ、病的なまでの精密作業だった。
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【73:プリンツ・オイゲン艦橋 ― “影の中の巡洋艦”】
ビスマルクの後方に停泊した
プリンツ・オイゲンでも
同様の静寂が続いていた。
副長:
「この地形……
英偵察機はまず見つけられませんね。」
艦長:
「安心はするな。
奴らはしつこい。
雲が切れれば必ず低空へ降りてくる。」
参謀:
「しかし、この影なら……」
艦長:
「この影は“救い”であると同時に、
“檻”にもなる。
出るタイミングを誤れば、
英空軍に挟撃される。」
艦長は
薄暗い岩壁を見上げながら
低く呟いた。
艦長:
「……ここは、
我々を守るが、
同時に、我々を閉じ込める。」
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【74:ビスマルク・機関室 ― “静かな異常”】
ボイラー室では
技術兵たちが
蒸気管や燃料ラインをチェックしていた。
技術兵A:
「温度差……正常。
圧力計……正常。
バイパス弁……良し。」
その中で
技術主任が眉をひそめた。
主任:
「……おい、この振動は何だ?」
技術兵B:
「振動……?
しかし計器上は……」
主任:
「違う、
金属を通して伝わる“低周波”だ。
機械の音じゃない。」
技術兵A:
「波ですか?」
主任:
「いや……
外の空気が揺れている。
これは天候が崩れる兆候だ。」
主任は短く息を吸った。
主任:
「――嵐が戻る。」
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【75:英偵察網再開 ― “全ての空へ”】
そのころ、
ノルウェー沖の雲がふたたび薄くなり始めていた。
気象班の報告が
サンダーランド偵察機の後続機に伝わる。
無線:
「雲層高度上昇!
視界が再び開ける!」
僚機パイロット:
「では全域を網羅する!
あれを見逃すな!
奴らは必ず沿岸を進む!」
別機パイロット:
「了解!
英国海軍航空隊、
全機、北海中域へ散開!」
英国の偵察網が
再び空を覆い始めた。
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【76:英海軍本部 ― “追撃艦隊の出撃”】
司令官:
「主力艦隊へ通達!
フッド、プリンス・オブ・ウェールズ、
ノーフォーク、サフォーク――
すべて出撃させろ!」
参謀:
「全艦、最大戦速で北海へ向かわせます!」
司令官:
「よし。
世界最大の戦艦と、
我々最強の戦艦が激突する。
これはもう……
歴史の必然だ。」
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【77:ビスマルク艦橋 ― “外海へ出る判断”】
航海長:
「艦長、英軍機再来の可能性が上がります。
雲が切れ始めました。」
副長:
「ここに留まるのは危険……」
艦長リンデマン:
「我々はここで見つかるわけにはいかん。
外海へ向かうぞ。」
航海長:
「しかし外洋は危険の塊です!」
艦長:
「ここも、
今や同じ危険だ。
船とは動かねば死ぬ。
それだけだ。」
副長:
「……総員、戦闘航行準備!」
ビスマルクは再び動き出した。
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【78:アーベント視点 ― “巨艦は再び息を吹き返す”】
フィヨルドの影で眠っていた巨艦が
再びゆっくりと動き始めた。
アーベント:
「動く……!
このまま外へ出るのか……!」
先輩兵:
「ティルピッツならまだ籠城もできるが、
ビスマルクは違う。
この船は“攻める”ために造られた。」
アーベント:
「攻めるため……」
先輩兵:
「そうだ。
この船は“止まる”と死ぬ。
だから前へ進むしかない。」
その言葉は
アーベントの胸に
奇妙に重く響いた。
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【79:フィヨルド出口 ― “荒れた外界”】
午前10時21分。
ビスマルクはフィヨルドを抜け、
再び北海の荒れた外界へ姿を現す。
航海長:
「外洋復帰!
波高は再上昇中!」
副長:
「周囲に敵影なし!」
艦長リンデマン:
「よし……
本当の意味で
“追撃戦”が始まる。」
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【80:章末(8/15) ― “英国艦隊、追跡開始”】
そのころ――
英国戦艦フッドとプリンス・オブ・ウェールズは
北海へ向けて最大戦速で動き始めていた。
フッド艦橋・司令官ホランド提督:
「敵は必ず北へ向かう。
そこしか道はない。」
副官:
「速度調整は?」
ホランド提督:
「最高速だ。
間に合わなければこの戦争は負けだ。」
フッドの甲板が震え、
巨大な戦艦が波を斬り裂いて進む。
ビスマルクは
外海へ出てしまった。
そして英国は、“獲物を追う獣の群れ”と化した。
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