第199章 第4章《ライン演習作戦・出撃》 6/15
6/15 ― “ノルウェー沿岸到達:そして最初の敵影” ―
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【51:翌朝 午前4時11分・北海北域 ― “嵐明けの薄明かり”】
夜明け前の北海は、
嵐の眠りから醒めたばかりだった。
空はまだ暗く、
海は黒青色に揺れ、
水平線の向こうには
わずかに白い光が差していた。
ビスマルクの船体には
大粒の雨がまだ残り、
甲板は夜露と潮で濡れて滑りやすい。
アーベントは
濡れたレインコートを握りながら
空を見上げた。
(嵐が……抜けた……?)
そう思った瞬間、
甲板が静まり返っているのに気付いた。
昨日までの重い波音が嘘のようだった。
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【52:艦橋 ― “気象が変わった。敵も動き出す”】
艦橋に入った航海長フェッツナーが
計器を覗き込み、静かに言った。
航海長:
「風、弱まる。
雲層高度上昇。
視界が回復しています。」
副長シュルツ:
「嵐が止んだ……
ということは――」
艦長リンデマン:
「――英軍機が飛べるようになる。
隠密行動は“ここからが本番”だ。」
艦橋の士官たちの背筋が
わずかに硬直した。
嵐は敵からの目を隠した。
だが、同時に
こちらの視界も奪っていた。
今は違う。
“互いが互いを見つけうる”
危険な時間帯が始まった。
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【53:プリンツ・オイゲン艦橋 ― “陽光が敵を運んでくる”】
一方、後続艦プリンツ・オイゲンでも
士官たちが早朝の空を見ていた。
若手士官:
「天候回復……
英軍機、来ますか?」
副長:
「来る。
間違いなく来る。
奴らは“観測で戦う海軍”だ。」
艦長:
「だが我々はノルウェー沿岸に近づいた。
山影と雲の下なら、
多少は隠れることができる。」
艦長は地図を指でなぞる。
艦長:
「ここからは“地形との戦い”だ。
海戦でありながら、
陸の影に隠れて進む。」
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【54:午前6時03分 ― ノルウェー沿岸が見える】
前方の視界が開け、
暗い海の向こうに
巨大な山脈の黒い影が浮かんだ。
アーベント:
「山……?
こんなに近く?」
彼の声は震えていた。
だがそれは恐怖ではない。
“異世界を見る驚き”に近かった。
先輩兵:
「ノルウェー沿岸だ。
我々は中立国の沿岸を
海底の陰のように進む。」
アーベント:
「なんでそんな近くを?」
先輩兵:
「英国の偵察網を抜けるためだ。
この海域なら
奴らの哨戒網は薄い。」
ノルウェーの峻険な山々は、
ビスマルクとプリンツ・オイゲンの
“巨大な影”を隠す鎧となる。
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【55:艦橋 ― “最も危険な時間帯”】
航海長が地図を広げながら言った。
航海長:
「我々は現在、ノルウェー沿岸ルートへ入った。
だが今が最も危険です。」
副長:
「なぜだ。」
航海長:
「天候が回復し、
英軍が哨戒飛行を再開する。
その最初の偵察機が
“この海域を通る確率”が高い。」
艦長:
「つまり、
敵に見つかる可能性が最も高い時間帯だ。」
艦橋の空気が重く沈んだ。
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【56:対空監視班 ― “水平線を睨む目”】
マスト上の見張りは
双眼鏡越しに白んできた空を睨んでいた。
見張り員A:
「……まだ見えん。」
見張り員B:
「雲が切れた瞬間が危ない。
あいつらは“雲の裏側”から来る。」
北海の対空見張りは
生死に直結する。
高度・高度差・雲形、
すべてが敵機の接近を告げる兆候になる。
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【57:午前7時14分 ― “最初の異音”】
ビスマルクの通信室に
ごく弱い“異音”が混じった。
通信士:
「……ん?
雑音に混ざって……パルスが……」
通信長が即座に席へ移動した。
通信長:
「どの方角だ。」
通信士:
「方位300度。
周波数帯は……
航空機のIFF(識別信号)の残響かもしれません。」
副長:
「航空機……!」
艦長リンデマン:
「距離は?」
通信士:
「不明。
しかし……
近いです。
嵐が消えるまで
捕捉できなかった信号です。」
艦橋が一気に静まり返った。
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【58:プリンツ・オイゲン艦橋 ― “来るぞ”】
後方のプリンツ・オイゲンでも
同じ信号を微かに捉えていた。
副長:
「航空IFFの残滓……
これは……!」
艦長:
「英国偵察機だ。
しかもこの方向……
奴らは“ここを知っていた”可能性がある。」
艦橋の士官が息を飲む。
参謀:
「ですが……
姿はまだ見えません。」
艦長:
「見える頃には手遅れだ。
見える前に“見つけられるか”が勝負だ。」
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【59:見張り台 ― “白い点”】
午前7時32分。
マスト頂部の見張り員が
双眼鏡を覗いたまま固まった。
見張り員:
「…………」
下の見張り員:
「どうした!?」
見張り員:
「……白い点がある。」
下の見張り員:
「どこだ!」
見張り員:
「雲の切れ目――
方位295度、距離……不明!
高度は低い!
速度速い!」
艦橋へ一瞬で情報が伝わる。
艦橋見張り将校:
「敵機らしき物体、視認!」
艦長:
「双眼鏡を貸せ。」
リンデマン艦長は
わずか3秒間だけ目を凝らした。
次の瞬間、
低く、しかし明確に言った。
「英国空軍機だ。」
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【60:章末(6/15) ― “ビスマルク、ついに発見される”】
艦内の空気が
金属のように冷たく変わった。
副長:
「英軍機が……!
しかしまだ距離は……!」
艦長:
「もう遅い。
あれは我々を見ている。」
空の白い点は
わずか数秒後、
太陽光を反射し――
確かにこちらへ向けて旋回した。
艦長リンデマン:
「――発見された。」
北海の空が
冷たく、静かに、
戦争の幕を開けた。




