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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第178章 第2章《訓練海域・北海》 4/5



【15:指揮官たちの思考 ― “巨艦の未来”を読み解く】


 夜。

 艦内の訓練が一段落すると、

 リンデマン艦長は艦橋後方の“士官用作戦室”で

 副長シュルツ、砲術長シュミット、航海長フェッツナーを集めて

 非公式の打ち合わせを行った。


 テーブルには海図と砲撃結果、

 そして“機関出力変動グラフ”が広げられている。


 シュルツ副長が言った。


「艦長、今日の訓練では

砲撃時の衝撃が想定より大きいと

工学班が報告していました。」


 リンデマンは頷きつつ、

 砲撃グラフに視線を落とす。


「ビスマルクは強い。

だが、強さは絶対ではない。

特に“複合揺れ”の問題は無視できん。」


 砲術長シュミットが付け加える。


「砲撃時の衝撃は、

この船の“構造上の癖”を浮き彫りにしています。

僅かではありますが、

左舷側で弾着のズレが大きい。」


 航海長フェッツナーが

 海象データを指差しながら説明する。


「北海の短い波と、

この船体の質量の大きさが相まって、

想定以上の“ねじれ応力”が生まれています。」


 リンデマンはしばし考え、

 ゆっくり言葉を出す。


「……つまり、

この艦は“攻撃のたびに損耗する”。

硬いが、硬いがゆえに壊れやすいところもある。」


 その一言に

 士官たちは静かに頷いた。


 そして副長シュルツが、

 大胆な提案をする。


「対英戦を想定するなら、

砲撃戦よりも“高速突破力”を優先すべきでは?」


 リンデマンの視線が鋭くなる。


「つまり、お前は

“直線的に突出する戦い方”を提案するのか?」


「はい艦長。

ビスマルクは砲戦でフッドやプリンス・オブ・ウェールズに勝てます。

だが、勝てても……損傷が重ければ作戦目的を失う。」


 室内に静かな空気が落ちた。


 やがてリンデマンは

 深く息を吐き、言った。


「この艦には“速さ”も“牙”もある。

私の仕事は、その両方を

適切な時に適切に使うことだ。」


 それは、

 後に行われる“ライン演習作戦”の

 戦略思想そのものだった。


【16:整備班 ― 巨艦の“裏の戦い”】


 訓練の裏で、

 整備班は常に走り回っていた。


 彼らは“戦闘”よりも

 “巨艦の維持”という

 終わりのない戦いに挑んでいた。


 整備兵ヴァルターが愚痴をこぼす。


「おい、また蒸気パイプの振動音が変だぞ。

昨日は鳴らなかった音が鳴ってる。」


 古参整備兵のディートマールが

 工具箱を肩に担いで言った。


「そんなの当たり前だ。

このサイズの艦は、

一日ごとに別人みたいに変わる。」


「別人……?」


「ああ。“昨日のビスマルク”と

“今日のビスマルク”は違う艦だ。

昨日の振動を基準にしたら壊れるぞ。」


 この言葉は比喩ではない。


 鉄は疲労し、

 ボルトは緩み、

 高圧パイプは熱膨張で日々“性格”を変える。


 整備班は、

 その“性格変化”を数字ではなく

 “音・振動・匂い” で読み取る者たちだった。


 ヴァルターは工具を握り直し、言った。


「……つまり俺たちは、

この艦の“医者”みたいなもんか。」


「医者じゃない。

家族だ。」


 ディートマールは笑った。


「戦闘より先に“日常”が艦を殺すんだ。

だから俺たちがいる。」


 彼らの存在は、

 後にビスマルクが北大西洋で受ける致命的損傷に際し

 “最後まで生きようとする力”を支えることになる。


【17:艦内の対立 ― 巨大組織の縮図】


 ビスマルクの艦内には、

 数千の人間がいる。


 軍人だからと言って、

 全員が平和に共存しているわけではなかった。


■機関科 vs 砲術科


 互いに自分の部署こそが重要だと思っている。


砲術科兵:


「機関科のやつらは下ばかり向いてる。

俺たちが敵艦を沈めるんだろうが。」


機関科兵:


「馬鹿言え。

お前らの砲なんか、

俺たちが蒸気を出さなきゃ動かん。」


■通信科 vs 航海科


通信科兵:


「情報が遅ければ戦闘なんかできない。」

航海科兵:

「海を読むのが最優先だ。」


 これらは日常的で、

 時に激しい口論へ発展した。


 だが――

 リンデマン艦長は、

 これを決して止めなかった。


 むしろ言った。


「いい。ぶつかり合え。

その方が、この艦は強くなる。」


 戦艦とは巨大な組織であり、

 内部摩擦は不可避である。


 しかし摩擦があるからこそ、

 情報はシャープになり、

 判断は研がれる。


 艦長はそれを理解していた。


【18:急速戦闘配置 ― 地響きのような“総員戦闘”】


 訓練も終盤に入り、

 ついに“総員戦闘配置”が発令された。


 艦内アナウンスが鳴り響く。


「総員戦闘配置! 総員戦闘配置!」


 その瞬間、

 巨艦全体が震えた。


 兵たちは走り出し、

 甲板上は鉄靴の音で地響きのように鳴った。


 ダメコン班、砲術班、対空班、機関班――

 全部署が一斉に動き出す。


 砲塔内では弾薬が搬送され、

 砲身冷却システムが作動し、

 砲撃準備が進む。


 機関室では蒸気圧が上昇し、

 機関兵たちが怒号を飛ばしながら

 熱に晒されていた。


 通信室では暗号電報が飛び交い、

 航海科は敵艦の想定位置を計算し、

 艦橋は情報の洪水に包まれた。


「……これが“戦艦が戦闘状態になる音”か。」


 と新兵アーベントは呟いた。


 その瞬間、

 彼は初めて“巨艦の中にいる実感”を得た。


 この巨大な鋼鉄の生物が、

 いま“敵を求めて動き出す”――

 その鼓動を、

 初めて身体で理解したのだ。


【19:艦長の言葉 ― 巨艦に“心”を与えるもの】


 訓練の終盤、

 リンデマンは士官たちを集め、短い演説をした。


 艦橋の窓からは

 灰色の北海が静かに広がっている。


 艦長はゆっくりと語り始めた。


「この艦は……私たちの家ではない。

私たちの武器でもない。」


士官たちは静かに耳を傾ける。


「ビスマルクは“国家の意志”だ。

同時に……この艦は我々の意志でもある。」


「戦艦とは、

乗員一人ひとりの判断と覚悟の総和で動くものだ。

この艦は我々の鏡であり、

我々の魂が、この艦の進む先を決める。」


 最後にこう締めた。


「ビスマルクを強くするのは――我々だ。」


 その言葉は、

 士官だけでなく乗員全員に伝えられた。


 この言葉を胸に刻んだ者たちは、

 のちのデンマーク海峡で、

 そして最後の包囲戦で、

 “死線の中でも命令に従い続ける”ことになる。


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